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新・海辺の街のお話(第6回)

 シンシンが帰ってしまったあと、僕は文字通り「一人取り残された」ような心細さにとらわれた。まるでだだっ広い南極の氷原で、両親を見失い、群れからもはぐれてしまった皇帝ペンギンの子供のような気分になった。

やれやれ、と僕は意味もなくため息をつく。そうして、あらためてはこれから当分の間自分の住処となる部屋を見渡した。入口のドアを背にして右がキッチン、左がバスルーム。バスルームには大きな鏡を備えた洗面台とトイレ、それにバスタブ、シャワーがついていた。中国にはたいていはシャワー設備だけで、バスタブを備えた施設は少ないと聞いていたので、それがたとえ今にも水漏を起こしそうなくらいくたびれきったバスタブであっても、うれしかった。人の幸せというのはたいていそういうものだ。

 入り口の正面は10畳ほどのリビングになっていた。窓際に木製の机と椅子。色も形も大きさもてんでばらばらな本棚がふたつ。机のわきには幅広のオーディオ用キャビネットが置かれ、その上には海信(ハイセンス)の旧式TV。机の向い側の壁ぎわには、がっしりとした木製の食卓が置かれていた。

 窓には、夏にしてはやや厚地のモスグリーンのカーテンがかかっていた。カーテンを開くと、キャンパスの向こうの漆黒の海に船灯りがゆっくり移動しながら一つ二つ点滅しているのが見えた。

 リビングの右側にはもうひとつのドアがあり、開けるとそこが寝室になっていた。寝室にはシングルベッドが2つ。それぞれの枕もとの壁には読書灯がしつらえてある。壁際には背の高い木製の衣装ダンスがひとつ。全体としての雰囲気は、日本の場末のビジネスホテルの部屋を、どういう手違いか設計師が普通の1.5倍の規格で線を引き、さらに疑うということを全く知らない世界一正直者の施工業者がその設計図の通りにつくってみたらこうなった、という感じだった。天井は高く3m以上もあり、思い切り飛び上ってみても指が天井に触れることなどとうてい不可能なほどの高さだった。これならアフリカに住むキリンの親子だってペットとして飼えそうだなと思った。
 ベッドに腰を下ろすと、急に疲労感がその腰のあたりからせり上がってきて、もう荷物を解く気にはなれなかった。僕はいつの間にかウトウトしはじめ、電話のベルにたたき起こされるまで、すっかり眠りこんでいたようだった。
 リビングの机の上に置かれた電話の受話器を取り上げると、さっき別れたばかりのシンシンの明るい声が飛び込んできた。
 「先輩、もうお休みになってました?帰る途中で美味しそうなスイカ見つけたので、お届けしようとそちらに戻ったんですけど…」
 「え?ごめん、気がつかなかった。どうやら転寝してたみたいだ」
 「だと思った。ふふ、ドアをノックしても返事がなかったので、ドアノブに袋ごと掛けておきましたからね。どうぞシャワーのあとででも召し上がってみてください。お疲れでしょうけど、そのままの格好でお休みにならないようにね」
 「うん…」

 やれやれ、すっかりシンシンのペースだ。僕は言われたとおりに、シャワーを浴び、シンシンが置いていってくれた甘い小玉スイカをたいらげ、歯を磨いて、それから少しばかり糊の効きすぎたゴワゴワわするシーツをめくり、ベッドにもぐりこんだ。
 僕はどうやらすぐに熟睡したらしい(自慢するわけではないが、いつでもどこでも3カウント数える前に眠ることができるのは僕の数少ない特技の一つだった)。こうして僕の中国での1日目は過ぎていった。

(つづく)

 

※前回までのお話は、右下のジャンル名「フィクション」をクリックすると読むことができます。

Comment

Re: 新・海辺の街のお話(第6回)

<私>はだんだん中国の生活を始まりますよね。
人を引き付ける小説だと思いますが、
なんで先生の生徒たちは誰でも読みませんでしたか?
全部小説を読まないで、勉強するばかりいい学生だかもね^^

小珍

学生も何かと忙しそうだからね。何人、読んでくれてるのかなあ。
でもたとえ一人でも読んでくれる人がいれば僕も書き続ける勇気が出てきます。
ありがとうね、小珍。

Re: 新・海辺の街のお話(第6回)

ずっと先生を応援しているよ。
 
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