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新・海辺の街のお話(第5回)

 「瀬川なら、元気だよ。たぶんね。彼はこの春から1年間の予定でカナダに留学してるから、僕も会ってはいないけどね。」

 そうなんですか、と呟くように―あるいは自分自身に向って何かを再確認するかのように―、シンシンは小さく答え、しばらくの間、フロントガラスの向こう側の一点を見つめていた。そして、重い沈黙が車の中に充満するその直前を見計らったかのように、シンシンはなおも固い笑顔を僕に向け、

 「耀子さんもご一緒なんでしょうね?」

と聞いた。けれどそこには、いかにもさりげなさを装った、という感じがありありと透けて見えた。

 シンシンの口から耀子の名前を聞いて、今度は僕の方がドキリとする番だった。僕は心の泡立ちを抑えるように、深く息を吸って答えた。

 「いや…、彼女とは、もう別れたみたいだよ。去年、シンシンが帰国したあとで…。知らなかった?」

 「…ええ」とうなずき、さらにシンシンは何かを言いかけた。しかし、彼女がすぐに思い直してその言葉を飲み込もうとしているのが、僕にもはっきりと分かった。それでもシンシンが再び顔を上げたときには、彼女のいつもの屈託のない明るい笑顔に戻っていた。その顔を僕に向けて、

 「なんとなく懐かしいですね、たった2年前のことなのに」とシンシンは言った。

 2年前か、と僕は思った。確かに、この手にとってその襞の隅々まで愛撫するにはあまりに遠い過去になってしまった時間。けれども、甘い感傷に満ちた遠い目で振り返るには、まだその生々しい記憶が僕の心の底で鼓動し続けている…何ともやりきれない中途半端な時間、それが僕にとってのこの2年間だった。

***

 僕たちを乗せた車は広大なキャンパスに沿った通りを走り、やがて正門にたどりつくと、ゆっくりと守衛の脇を通り抜け、アスファルトで舗装された真新しいゆるやかな勾配の道を登って行った。正門をくぐって3分ほどで、外事処のある国際交流学院棟に到着した。

 運転手の手を借りて、スーツケースを下ろし、シンシンが外事処の事務室に僕を案内しようとしたところで、建物の中から、恰幅のよい、いかにも大人(ダーレン)といった容貌の中国人が、右手を差し出しながら近づいてきた。

 「国際交流学院長の劉老師です」シンシンの通訳にゆったりとした笑顔で応えながら、「先生のご到着をお待ちしてましたよ。ようこそ本学へ」と中国語で僕に語りかけた。彼は、僕がたどたどしい中国語で自己紹介するのを鷹揚な笑顔で、ときおり(ちゃんと聞きとれた、とでも言いたげに)大きくうなずいては、この上ない親愛の情を示すかのように僕の肩を何度か叩いてみせた。そして、今日は旅の疲れもあるだろうから、早目に宿舎に案内し、他の教職員との顔合わせは明日にしよう、とシンシンに伝え、最後にもう一度ゆったりとした笑顔を僕に向けた。

 「謝謝。では、明日あらためてご挨拶を」

 僕は、劉処長に別れを告げ、僕にあてがわれている宿舎に向かうことにした。シンシンは、事務室で僕の宿舎のカギを受け取り、それ以外のおそらくは煩瑣な事務的処理をてきぱきと手際よくすませると、やはりスーツケースをどうしても僕に持たせようとはせず、3階の教員用宿舎まで僕を案内してくれた。

 そして、今夜の分のお湯の入ったポットやら、石鹸、タオルなどの洗面用具一式がバスルームに置かれているのを確認すると、

 「先輩、じゃ、明日また9時に来ますね」

というと、シンシンは僕に礼を言う間も与えずに、バイバイと手を振って帰っていった。

 

Comment

Re: 新・海辺の街のお話(第5回)

前文読まないから、この文だいたい分からない。
毎日試験勉強をしている。オンラインの機会が少なくなる。

蛋炒饭さん

これは連載物だから、無理して読まなくてもいいですよ。それよりも平日の短めの文章を読んでみてくださいな^^。試験勉強も大切だけど、気持ちのゆとりを失ったら、本末転倒ですからね。気分転換も忘れず、健康に注意して、勉強に励んでくださいね。

Re: 新・海辺の街のお話(第5回)

ありがとう。
時間があれば、是非読んでみる。

蛋炒饭さん

焦らなくてもいいからね。僕のブログは消えたりはしません。
でも、ゆとりができたら、まっすぐ戻ってきてくださいね。待ってますから^^

コメント


やはり字をちょっとだけ大きくすればいいなあ!!






瓜瓜さん

了解。じゃあ平日と同じサイズに統一しましょう。
 
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Author:一石亭華中
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一石亭は中国在住8年目を
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でも中国語はまだ初歩の初歩。
趣味は「お仕事」と散歩、それに写真撮影。
あ、それからお昼寝も…趣味のうち、かも…。

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凹んだとき、元気がでないとき、僕を支えてくれ、力づけてくれるウタを週替わりで紹介します。ちょっと古い歌が多いかも…ですが。今週も「ちょっと切ない歌」を。

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