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明日の風に身を任せて

 2009年も、残すところ10日余り。去年の「クリスマス事件」以来、はや1年が過ぎ去ろうとしています。生きている、ただそれだけでも、何かに感謝せずにはいられなかった1年だったし、思うようには回復しない心身へのもどかしさに苦しみ続けた1年でもあったような気がします。

***

 日本では、ここのところ寒波が押し寄せて、全国的に冷え込んでいるようです。僕の自宅がある新潟では、大雪に見舞われているとか。車をしばらく屋外に置いていただけで、30cm以上の雪が車の屋根に積もってしまった…なんて話も、誇張抜きの事実。信じられます?しんしんと降り積もった雪のせいで車が動かず、車の前方をラッセル(=雪かき)して、何とか雪の中から車を「救出」するってことも雪国では日常茶飯事。ここ武漢ではちょっと考えられないような「おとぎの世界」が、確かに存在しているんですね。

 僕のふるさと・山口でも、雪の便り。美しい木造アーチで名高い錦帯橋も、うっすらと白く薄化粧をしているのだとか。きっと、この時間、「闇の底が白く」なっているにちがいありません。

***

 雪の便りは、ともかくとして。

 日本では、この季節、あれこれとスポーツ行事が目白押し。今日は、全国高校駅伝が行われました。山口代表は―僕の母校ではなくて残念ですが―西京高校。第1区間で出遅れたのが響いて、上位に食い込むことはできませんでした。とはいえ、第2区間以降、徐々に順位を上げて、最終的には20位でゴール。順位はともかく、彼らの最後まで諦めない「走り」に、惜しみない拍手を送ります。ちなみに優勝校は、お隣・広島の代表、世羅高校。こちらにも拍手。いや、すべての出場校に拍手、ですね、やっぱり。順位がすべてではないのですから。

***

 先週あたりから、少しずつですけど、動き回るようにしはじめました。おとなしく宿舎に引きこもっていると、いつまでたっても、元の自分に戻れないことはわかってましたので。わかっていても動けなかったのが、これまでの僕のつらさでしたが、一旦動き始めると、気分も上向いてくるような気がします。なにはともあれ、ステップ・バイ・ステップ。明日は明日の風に身を任せて生きていきます(笑)。

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風花を待つ夜に

 雨が降っている。底冷えするような寒さではないけれど、しとしとと降る雨の音が、夜の闇に沁み広がるのを感じると、自然とつま先から冷え込んでいくような気さえする。予報では、明日から雪に変わるとのこと。そうだとしたら、今夜あたりから、朝を待たずに闇の底から白く染まっていくのだろうか。それもまたよし。僕は寒さには弱いけれど、窓越しに見る雪の朝は、それなりに趣があって好きである。そんな日は、舞い散る白い風花を、熱いコーヒーを飲みながらじっと眺めていたい。…と、のんびり過ごせれば幸せだけど、明日は朝から夕方までびっしり授業が入っている。おそらくバタバタと宿舎を飛び出して、教学楼に駆け込むことになりそうだ。せめて、雪道に足をとられて滑って転んだりして、粋の欠片もない道化師の役を演じないようにしたいなぁ。いや、冗談抜きで、こういう役だけはうまいんですよ、僕(笑)。

***

 ところで、ほんの数日前まで、僕はかなり落ち込んでいた。ヘコんでいた、といってもいいくらいだった。それも、並大抵のヘコみかたではなかった。得てして、そんな時にかぎって無理に陽気にふるまおうとすると、かえってしくじってしまうことが多いのが世の常、というもの。だからこそ、僕はひたすら部屋に閉じこもって過ごしてきた…たいていは無為に。それでも、ときには気持ちを取り直して、本棚に並んだ文庫本を取り出して気のすむまで小説の世界に浸りこんだりもした。だから、無為の生活とは言っても、まったく収穫がなかったわけ…でもない。

 たとえば。

 先月、日本から届いた『新潮』12月号をパラパラとめくって、井上靖「中国行軍日記」にも目を通した。これは、井上靖が発表を前提としないで書きつづった日記で、彼の心情がありのままに映し出されている。決して大げさな表現は用いられてはいないけれども、戦地の悲惨な状況は、その日記の行間からも透かし見ることさえできて、胸が痛む。僕にはよい戦争と悪い戦争という区別があるとは思えない。すべての戦争は、敵味方の区別なく悲劇をもたらす。人は、戦争という悲劇を繰り返さないために最大限の努力をすべきであり、それ抜きでやれ軍備の拡張だの防衛力の強化だのと喚き回る手合いには賛同できない。そういう人間が僕のような立場を非現実的と嗤うなら、それを甘んじて受けてもいい。人殺しでしかない戦争を煽るのが愛国者か、非戦に命をかけるのが愛国者か、歴史がその裁きをしてくれると信じているからである。

 …おっと、これまた少しマジメな固い話になってしまったような、ははは。僕のこだわり癖は、まだなかなか抜けそうもないな、この調子では。でも、まあ、後ろ向きの思考回路は持たないようにしたいと思っているので、どうかあきれずに、今後ともよろしくお付き合いください。ではでは。

僕は僕の道を歩む

 僕は、なかなか思うようにならない自分に、ひどくこだわりつづけている。とにかく何かにこだわらなければ、次の一歩を踏み出すことができないような気がしてならなかったのだ。こういうことは、誰にでも多かれ少なかれあるのかもしれない。ただ、僕の場合、その程度が、少し大きかったのだろう、と思う。

 僕が何かに「こだわり」続けてきたこと、そしてそれをこのブログにつづり続けたことには、それなりの理由があります。

 人は時に窮地に立たされることがあります。そんな時、人はどのようにして自分を捉え、そしてどのようにして窮地を脱しようとするものなのか、それを知ることは決して無駄ではないと思っています。ときには、必要以上にうろたえたり、焦ったりして、必ずしも僕は模範的な生き方はしていないように思いますが、それを承知の上で、自分の内奥をつづってきた理由は、そこにありました(これって、言い訳がましいかな、やっぱり…笑)。

 そこのところをお汲みとりいただけるかどうかはともかく、僕はこうした僕自身へのこだわりについては、そろそろ筆を擱こうと思います。読んでいただいて楽しい話題でもないでしょうし、かえっていろいろとご心配をおかけすることにもなると思うからです。

 その前にひと言。これまで多くの方から温かい励ましやお心遣いを賜りました。今の僕は、感謝という言葉では足りないほどの思いを胸に抱きかかえています。だからと言って、ありふれた言葉で感謝を表現しようとは思いません。またできるとも思えません。昨日の言葉の繰り返しになりますが、「男は黙って」態度で示すほかないよなぁ…それが僕の選んだ道です(すみません、ちょっと気張りすぎですね、僕…)。

 いずれにせよ、明日からは、スカッと気分を切り替えて、半歩ずつでも前向きに、僕の道を歩んでいきたいと思います。どもども。

僕にとっての2009年…「命」

 授業の中で紹介したことがあるけど、昔流行った言葉に「男は黙って○○○」というのがある。ある有名ビールメーカーのCMで使われた言葉である。「確かにクドクドと言い訳をしたり、弱音を吐いたりするのは男らしくないよなー。つらい時こそ、ぐっと堪えて、ビールでも飲んだ方がサマになるかもなー」と納得してしまうCMだった。「じゃ、女は違うのか?」と言うと、これは微妙な問いかけになる。一つ間違えば、ジェンダー問題だ。

 なぜこんな話から始めたかというと、別にここでジェンダーについて論じたいからではない。単に、ここ3日間、ブログ更新を怠っていたからである。そのわけは…と訊かれると、これがまたサマにならない。おなかの調子が悪かったのである。最近は、すっかり影を潜めていたけれど、僕のおなかはストレスに過敏に反応する。あるいは、多少心身のバランスが崩れていたのかもしれないけれど、水曜日、木曜日と立て続けに、トイレを占拠する時間が長くなってしまったのである。お腹をこわして困るのは、多少のタイムラグを伴いながら、全身の倦怠感に襲われることである。そのためか、授業のとき以外は、まるっきり力がでなくてほとほと参ってしまった。「弱り目に祟り目」とは、まさにこのことだった。…あ、やっぱり弱音を吐いてるような気がするなぁ(笑)。気をつけなくちゃ。

 水曜日…M大学の某老師と一緒に桂香園で昼食をとっている頃から、お腹に不安を感じはじめる。いったん宿舎に戻りトイレに駆け込む。「や、ヤバい…」。それでも、午後の授業に支障は来さない。少しぐらい体調が悪くても、授業を疎かにしないだけの矜持はもっているつもり(いや、口にするのは恥ずかしいけど、これ本当…)。夕方、Yさんと東門近くの按摩屋さんへ。お腹の調子がよくなるツボがあれば圧してほしいな、心の中でつぶやきましたね、この時ばかりは(笑)。

 木曜日…相変わらず、おなかの調子はよくない。朝8時から夕方6時近くまで授業の連続だったけれど、授業は気合で乗り切ることができた(と思う…実際はどうだったんだろうね。これは学生に訊いてみないとわからない)。ただ、宿舎に戻ると、もう起きていること自体がつらい。トイレに行くとき以外は、コタツにもぐりこんだまま、ひたすら眠る。それ以外、なす術なし。食欲もない。

 金曜日…朝、学生の作文指導に出かける。帰宅して、また休息。おなかの調子そのものは幾分回復してきたけど、体力がすっかり消耗した感じ。午後からは学院会議のため、また教学楼へ。会議が終わると、そのまま帰宅。夜は、群光デパート7Fでピザを食べる。おなかにはちょっと負担が重そうだけど、これぐらいしか食欲をそそるものがなかったので、やむを得ず。そして、現在に至る…。

***

 えーっと、こんなふうに私的なことをあからさまに書いたからと言って、何も誰かの同情を買いたかったからではもちろんありません。これもまた海外単身赴任における、さまざなな日常のほんの一コマだということに過ぎないわけですし…(笑)。ま、そんなこんなで、今週末は、このまま、体調の回復に努めます。そう言えば、あと2週間で、あの悪夢のクリスマス事件からまる1年になるんだった。ちょっと話はズレるけど、今年1年を漢字1語で表現するとしたら「新」なのだそうです。それに倣って、僕にとっての2009年を漢字で表現すると、「命」あるいは「生」の一語に尽きます。それくらい崖っぷちに立って谷底を見て過ごした一年でした。そして、今もそこに立っています。

迷いの中で

 今日はブログの更新をすべきか否か、迷いがあった。いや、実は今も迷い続けている。そして、迷いながらも、こうして書き始めている。

 人は、いつになっても迷う。その迷いがあるからこそ、何かを学ぶことができる。今日も、僕は一つのことを学んだ。

***

 簡単に言えば、リハビリの難しさについて、僕は書こうとしている。決して、誰かに言い訳をしたいわけではない。しかし、結果として、そう受け取られるとしてもやむを得ないと、割り切ってしまうことにした。

***

 事故から1年。体調については、ほぼ回復している、と自分では思っている。もちろん、命にかかわるほどの事故だったから、今も頭部に違和感は残る。それでも、担当医に告げられたとおり、3年間はリハビリ期間だと自分に言い聞かせているので、今の状況は必ずしも自分を苛立たせるほどのつらさはない。少なくとも、公私の「公」すなわち仕事に関するかぎり、去年の僕と比べて、大きく見劣りがすることはなくなってきた、と言うと、少し事故評価が甘すぎるだろうか?

 問題は、公私の「私」である。授業の際には、僕は自分のテンションを上げることができる。ところが、一旦教壇から降りて、宿舎に戻ると、自分でも情けないほど余力が残っていない。体力が十分に戻っていないという面もある。しかし、それ以上に問題なのは、やはり去年の事故から受けた心理的なダメージなのかもしれない。プライベートな生活では、どういうわけか自分を無理に奮い立たせることができないのだ。去年の僕は、公私ともに自分に高い目標を設定していた。その結果、自分でも気がつかない間に無理を重ねて、それが事故につながった。その二の舞だけはしたくない。そういう自制心が僕の中にある。その一方で、医師のアドバイスを忘れてもっと頑張らなくては、と考える瞬間もある。そうした逡巡の中で、僕はこの1年間を過ごしてきたとも言えるのである。

 最近、ようやく僕は「私」的領域についても、ゼロからの再スタートを切ろうと思い立った。文字どおり「ゼロ」からの再スタートを。成り行きから、中国語の学習をサポートしてくれる方も現れた。たとえ、どんなささやかなことでも、ペースメーカーがいることは、僕にとって、とてもありがたいことだった。

 ところが、リハビリとしてゼロから何かをやり直すというのは、若くて健康な人の目には、いかにもやる気がなく、怠けているように映るものらしい。その気持ち、不満は、よくわかる。それでも、この1年間僕がたどってきたよろめきながらのリハビリを知っている方であれば、たとえどんなに物足りなくても僕が再出発のために足を一歩踏み出そうとしていることも理解してもらえているものと、僕が一人合点してしまっていたらしい。結局、僕の中国語の先生は、僕のようなやる気のない者に教えたくはない、と席を蹴って去って行った。要するに、僕の甘えがもたらした、当然の結果だったのかもしれない。

 リハビリというものは、突き詰めて言えば、誰かの好意に頼るべきものではなくて、自分自身と向かい合って、ひとりでやるしかないということだ。心理面での回復には、とりわけそれが僕の個人的領域であればなおさらだけど、思ったよりも長い時間がかかるかもしれない。それは覚悟しよう。ただ、ご厚意に応えられず、失望を与えてしまった方には、この場をお借りして、心からお詫びしたいと思う(このブログを読んでくださるかどうかは問わない。言い訳をしたいわけではないので…)。つまり、これが、今日僕が身にしみて受け止めた教訓だった。今日僕が書くべきことは、それ以上でも、それ以下でもない。

お酒の話

 クリスマスや忘年会の時期が近づいてきたから、というわけでもないけど、今夜はお酒の話を。

 「お酒は強い方ですか?」

 と、訊かれることがある。そんなとき、決まって僕は「いやぁ、お酒はあまり強くはありません。あるだけしか飲めませんから」と冗談っぽく答えることにしている。もちろん、この返事には「あればあるだけ飲みますよ」という豪語を含んでいるんですが、実際のところ、僕はお酒には全然強くない。

 「お酒は好きですか?」

 と訊かれたら、僕は一瞬躊躇する。「う~ん、どうなんでしょうねぇ。別にお酒を目の前におかれた途端、『キャー』と叫んで逃げ出しもしないし、嬉しそうに舌舐めずりもしないなぁ」と極めてあいまいな返事をしてしまう。正直なところ、お酒を飲みたくて仕方ない、といった気持ちに襲われることは、ない(…きっぱり)。つまりアル中になんてなる怖れは、まず、ない。かと言って、目の前に置かれたお酒は、きちんと飲む。飲み始めたら、宴席が「お開き」になるまでは、飲むのを断わりもしない。飲みながら、あれこれとおしゃべりをするのが好きなのである。要するに、お酒が好き、というより、そういう場の雰囲気が好きなんだと思う。ただし、さしつさされつの相手次第ではあるけれど。

 ところで、学生時代は、よく飲んだ。週に2、3回はゼミ仲間と、夕方から大学近くの飲み屋さんで飲み始め、夜が更けてくると、新宿の繁華街へはしごして、さらに終電近くになると、友人のアパートのある高円寺あたりに移動して、朝まで飲む。だから、とても今の学生諸君に勧められるような学生生活ではなかった…(笑)。それでも、杯を交わしながら朝まで議論したことは、あとあと僕の「財産」になっているような気がしてならない。議論とは言っても、所詮は、酔っ払いのたわごとでしかなかったのかもしれないけれど、そして当然話は際限なく脱線していたけれど、夜を徹して腹蔵なく語り合った日々は、僕に多くのものを与えてくれた。もっとも、ひどい二日酔いというおまけつきではあったけれど。

 というわけで、僕が何を言いたいかと言うと、一見無駄なこと、遠まわりなことでも、長い目で見ると、それが何らかの鍛錬ないし修行になっていることだってあるってことなのだ。僕という人間そのものが、数え切れないほどの遠まわりや失敗を繰り返してきたし、その都度、思いもかけない教訓を得てきたこともひとつの事実だったからだ。あ、ひょっとして、僕は居直ってるのかな…。それはともかく、僕の授業が、いつも教科書から離れて、あちこちに脱線することもまた、そこに予期しない出会いがあるからなのだ、と笑って許していただければ幸甚です。…う~む。お酒の話が、いつの間にか授業論にすり替わって、脱線してしまったぞ。ま、いっかー(笑)。

武漢日本商工クラブ忘年会

 今朝、起きがけに電話があり、受話器を取ると、L老師からだった。

 「今日は漢口で忘年会がある。都合はどうか?」

 この話、実はしばらく前に、院生のYさんからメールをもらっていた。武漢日本商工クラブ主催の忘年会なのだった。僕は、どちらかと言うと人の集まりが苦手で、しかも顔見知りもいない会合だと、「「ひゃっ」と悲鳴をあげて逃げ出したくなってしまう。だから、当然行かないつもりでいた。同僚のD老師にも、そう伝えていた。

 しかし、わざわざL老師から電話をいただいたので、というわけでもないけれど、ちょっと気分が変わってしまった。せっかくのお誘いだから、行ってみようかな、と。かと言って、ひとりで漢口まで行くのは…何となく気が重い。宿舎から半径500m圏内が、僕の単独活動テリトリーで、その範囲を越えて「遠征」することなんて、まず考えられない(これ、冗談抜きです)からである。

 そこで、Yさんに電話をかけて、会場まで一緒に行ってくれないか、と頼む。考えてみると、僕がこんな頼みごとをできる相手は少ない。もっと正確に言えば、めったにいない。この場をお借りして、Yさんには感謝、感謝。

 会場へはタクシーで行くつもりだったけど、大学北門でつかまえようとしても、なかなかつかまらない。Yさんの機転で白タクに乗り込む。会場に向かう車の中で、久々にYさんとおしゃべり。なにせ授業以外の時間に人と話をすることの少ない僕にとっては、貴重な時間であった。やれやれ、こんなことを書いてきてあらためて自覚したけど、本当に今の僕は「引きこもり」そのものじゃないか…。

 会場となったホテルで受け付け開始を待っていると、H大学のH老師に再会。久闊を叙す。17時15分、受け付け開始。YさんはW大学の後輩たちと同席するらしく、H老師と僕は彼女と離れて別のテーブルに。左隣に座ってくれたH老師もYさん同様話し上手で、相手に垣根を作らせない。右隣りには、日本の著名飲料メーカー「ヤクルト」の現地法人から来られた方。こちらは、実に穏やかで物静か。聞き上手。「今日の僕は座席に恵まれたなぁ」と幸せ感に包まれたまま2時間半の宴席を過ごすことができました。関係者の皆様にも、ひたすら感謝。もっとも、ビンゴゲームでは、リーチすらかけられず、例によって神様は幸運のバーゲンセールはしてくれなかったけど…。YさんやH科技大のK老師は、しっかり景品をゲットしてたのに(泣)。

 それでも、望外のプレゼントもあり。ヤクルト1パック、それにSAKURAのケーキセット。ちなみに、SAKURAのパティシエは日本の方で、ここのケーキの美味しさは定評がある。僕は、これをいただいただけでも100%、いやいや120%幸せ・な・の・だ!…と思わず右手でガッツポーズを作ってしまったところで、今日の報告は終わりです。どもども。

(追伸) 本日の忘年会参加者175名。おおっ!武漢にはこんなに日本人がいたのかぁ、って感じでした。また武漢在住の長期駐在員は、現在220名ほど、とのこと。う~む、それにしては武漢で僕は日本人にばったり出会ったことが、ない。これはいったいどうしたことか…。ははは、僕の活動範囲が狭すぎて、レーダーに引っ掛からないってことなんだよね。「これを機会に、少し活動範囲を広げていこう。」これが本日の教訓でした。

クリスマス 457年の時を越えて

 師走とはいえ、少し気が早いけれど、クリスマスの話題を。

 武漢では、すでにいたるところでクリスマスの飾りつけが始まっている。もちろん、日本でも年末商戦の一つのピークがクリスマスで、商店街のあちらこちらでジングルベルの音楽が流れ、緑と赤の装飾に埋め尽くされているのではあるまいか。クリスマスは本来、イエス・キリストの生誕を祝う宗教行事ではあるけれど、日本でも中国でも、そうした宗教感覚は希薄で、一般的には、たんなる「お祭り」として受け入れられているにすぎない(もちろん、クリスチャンにとっては、聖なる一日であるにはちがいないけれど)。

 僕にとっても、クリスマスソングや鈴の音が聞こえてくると、なぜかしら胸が騒ぐ。デコレーションケーキとその上で灯る蝋燭の火が脳裏をかすめる。やはり僕にとってもクリスマスは宗教感覚抜きのお祭りなのである。日本人というのは、外来文化を換骨奪胎して自らの文化に吸収することに長けている。そのことはクリスマス一つをとりあげても、頷ける。

 ところで、こうしたクリスマスの催し。日本で最初に行われたのはいつ頃かというと、案外古い。実は、今を遡ること457年前、西暦で言えば1552年のことであったらしい。折しも、時は戦国時代、場所は長門国。つまり、僕のふるさと山口だったのである。これには少し説明がいる。1549年にイエズス会のフランシスコ・サビエルが来日。山口を拠点として、キリスト教の布教に努めた。というのも、応仁の乱後、京の都が戦乱の巷となり、多くの文化人が京を離れて移り住んだほど、当時の山口は文化擁護に努めていたからである。以来、山口は「西の京」と称されてきた。もっとも、サビエルの布教を許した山口の守護大名・大内義隆は、1551年に家臣の陶晴賢に滅ぼされている。日本で最初のクリスマスは、その翌年のことだったのである。ちなみに陶晴賢も、間もなく、毛利元就に滅ぼされる。

 こうして、日本におけるクリスマスの起源を見ていくだけでも、人生の移ろいやすさを読み取ることができてしまうのである。私事で恐縮だけど、去年のクリスマスは、僕自身があやうく命を落としかけてしまった。『敦盛』ではあるまいし、「人生五十年、化転のうちを比ぶれば」と謡われたのでは、洒落にもならないところだった。今年のクリスマスは、たとえささやかでも小さなケーキを買って蝋燭の灯をともし、この1年間の無事を祝いたいな、と思う。遠きふるさとのサビエル記念聖堂を思い出しながら。もしよかったら、誰か、一緒に食べますか?

 

僕の中の少年

 人生は潮の満ち引きに似ている。

 とりたてて努力を重ねてきたというわけでもないのに、万事うまくいき、順風満帆。「今や上げ潮だっ!」と思い込んでしまう時もある。かと思えば、何をやろうとしても、今一つ気合が入らず、やってみてもすべてが空振り。思わず意気消沈して陰々として愉しむことができない時もある。いずれにしても肝心なのは、身の処し方というか、自分をどのようにコントロールするか、という点にありそうだ。

 上げ潮の時は、あまり調子に乗らないことが肝要。ところが、これ「言うは易く行うは難し」の典型なのである。上げ潮の時は、ついつい自分をおだててしまい、身の丈に合わないことにまでやってしまおうとしがちである。ナントカも「おだてれば木に登る」という諺があるように、調子に乗って危険を冒し、ふと我にかえったときにはもう取り返しがつかない状況に置かれていることだってないとは言い切れない。

 かたや引き潮の場合。必要以上に委縮してしまって、愉しむべきものさえ愉しむことができなくなる。つまり、「ダメでもともと」という「ゆとり」ないし「あそび」がなくなってしまうのである。そうなると、気晴らしをすることさえ億劫になって、ますます気分は落ち込んでしまう。これがいわゆるデス・スパイラルと呼ばれるものに他ならない。

 さてさて、僕の日常生活における基本は、マイペースの一語に尽きる。上げ潮の時であろうと引き潮の時であろうと、できるだけペースを崩さない。もちろん、人生には「ここ一番が勝負!」という剣が峰にさしかかる場合だってあるから、あえて無理を押しとおすことだってあるけれど…。

 ところが、最近、このマイペースの原則が揺らいでいる。今の僕は、長く緩やかな引き潮の中を漂っている感じなのである。こういう状況に陥った理由は、ここでだらだらと書いても意味がないので省くけれど、この引き潮がいつまで続くかわからないというところが、僕の気分を落ち込ませていることだけはまちがいない(ただし、授業のときには、そんなマイナーな気分は持ち込まないようにしています、当たり前のことだけど)。

 こんなふうに引き潮に足をさらわれた場合に、してはいけないことは、何だろう?自分なりに考えたことは、ひとつしかない。それは、弱音を吐かないということ。とはいっても、これは「虚勢を張る」ことを意味してはいない。どんなに窮地に陥っても、とりあえず辛抱すること、潮の変わり目をじっと待つこと。長い目で見れば、時を味方につけることこそ肝要なのだと、僕は考えている。

 つまり、それが今の僕なのである。…などと書きながら、僕はすでにかなり弱音を吐いてしまってるんじゃないかと自問したくなるけれど、もし僕が弱音を吐いてるシーンを見かけても、気がつかないふりをしてさりげなく見逃してもらえると、ちょっと助かります(笑)。

 話は飛んでしまうけれど、僕の中にはひとりの「少年」が住みついている。この少年は天然児そのもので、ときには、サルのように、ときにはネコのように、僕の中で駆け回っているような気がする。引き潮のときには、どこかの物陰に膝を抱えて息を殺して潜んでいるけれど、いつかまた「ばぁ!」と大きな声で飛び出してくるに決まっている。僕は、今、僕の中の少年が好奇心で目をキラキラさせて飛び出してくる瞬間を、ぼーっとお茶をすすりながら、待っているところなのである。焦る必要はない。

 

コンプレックス考?

 コミュニケーション能力について。いや、もっと簡単に対話力と言ってもいい。僕が昔から抱えているコンプレックスのひとつがこれである。たとえば、何人かの友人たちとお酒を飲みながら、侃侃諤諤(かんかんがくがく)論じ合っている時、ふとジョークを思いついて口に出す。僕が言っても全くウケないのに、隣に座った友人が同じジョークを口にしたとたん爆笑が起こる。こんな経験は、一度や二度ではない。そういうとき、自分で思いついたジョークながら、つられて僕まで思わず吹き出してしまったあとで、ふっとその場の雰囲気から置き去りにされて、考え込んでしまうのだ。同じ言葉を発しながら、周囲に与える効果が、どうしてこんなにも違ってしまうのだろう、と。ここに、対話力というか人間力の差が表れれいるような気がしてならなかった。人間としての「魅力」の違いなんだろうか、と思い悩んだことさえある。ぼんやりしているようで(実際そうなんだけど…)、心中では僕だっていろいろ悩みながら生きてきたってことかもしれない。当たり前のことかもしれないけれど。

***

 だから。

 大勢の学生を前に滔々と(?)しゃべることを自分の「職」にしているということが、時々信じられないことがある。いや、マジで。それほど、僕は自分のコミュニケーション能力に自信がない。

 ただ、いつの頃からか、こんなふうに考えることにして自分を納得させている。つまり、教壇というのは、役者の舞台と同じなのだというふうに。だから、教室に入って、「舞台」の上に一歩踏み出した瞬間から、僕の中で何かが変わってしまう。モード変換、とでも言えばいいのだろうか、要するにテンションが上がって、表情まで明るくなってくるのだ。すると、思考回路もパン!と開放されて、連想の連鎖が始まる。単純に言えば、次々と思いつくままで、言葉が出てくるのだ。それにつれて、身ぶり手ぶりにとどまらず、ありとあらゆるボディ・ランゲージを繰り出して、めいっぱい語り続ける…それが舞台の上での僕の姿、なのだと思う。

 当然のことではあるけれど、いったん舞台から降りてしまうと、僕はもとの僕に戻ってしまう。別に、どちらの僕が「本物」であるかなんてことを、ここで問題にしたいわけではない。あえて言えば、僕という人間が、僕の中に何人も住んでいるだけのことなのかもしれないのだから。かといって、僕が多重人格者だと告白したいわけでもないですからね、念のため(笑)。

***

 本日の教訓…

 たぶん、人は誰でも、その人なりのコンプレックスの一つや二つはもって生きているに違いない。僕がそうであるように。でも、それで落ち込む必要はないってことです。僕がそう努めているように。うーん、これって本当に「教訓」って言えるのかなぁ?自信なし…どもども。

 

 

自己紹介って難しい? 是的…。

 僕の担当する授業のひとつに「日本語作文」がある。学生の日本語による文章作成能力を鍛えることが、その主たる目標である。これはきわめて当たり前のことで、何も力んで書くまでもないことではあるけれど。こうした授業の最初の段階で、学生に書いてもらう作文のお題のひとつが「自己紹介」である。これもまたよくあるパターン。

 実際に書いてもらい、宿舎でじっくり読ませてもらう。みんな、それなりによくまとまった上手な自己紹介文を書いてくるなぁ、というのが僕の率直な感想だった。ただ、気にかかるのは、誰が書いた文章も大同小異で、文の構成まで似ている、という点にある。こういう宿題を出したときに、僕がまず注目するのは、ひとりひとりの「個性」が文章から匂い立つかどうかということにある。文法上のミスとか、文章表現の巧みさとか言ったものは、二の次なのである。こういう技能は、文章を書き続けて、添削を受けている間に、ある程度は向上していくものだ、と僕は少し楽観的に考えてしまう。けれど、個性というものは、僕が与えうるものではない。それは、学生たちが生まれて今日までの人生経験の中で自然と育まれてきたものであるはずだからである。

 個性が感じられない文章というのは、表情のない仮面のようなもので、同じような仮面を延々と見続けていても記憶にとどまらないように、個性のない文章に僕の心はときめかない。「だから、ちょっとした文法上の粗は気にしなくてもいいんだよ。もっと思いのままに文章を書いてみてはどう?」と、僕は提出された作文に向かって、独り言のように話しかけてしまうのだ。

***

 ところで、我が身をふりかえってみると、実は僕もエラそうなことは言えない。僕自身、自己紹介をすることが苦手なのだ。まず、自分を客観的にとらえているのかどうかさえ自信がない、たとえこの歳になっても。もちろん、生年月日、性別、出身地、出身校などといったものは、単なる事実でしかないから、すぐ書ける。でも、それ自体、僕の個性(があればってことですが…)を端的に表すものとは言えない気もする。一方、自分の性格に至っては、自分でもよくわからない。どちらかといえばマジメではある。でも、そのマジメさを自分からわざわざ眉根を挙げて強調したいとは思わない。むしろ、そんな方に力が入りそうなときにかぎって、僕はついつい不真面目な、ひょうきんな顔つきや態度をとってしまいがちだ。そういう意味では、照れ屋なのかもしれない。初めて顔を合わせた人とは、まともにおしゃべりもできない。それでいて、一旦気心が知れて、気兼ねがなくなると、際限なくおしゃべりをしたくなってしまう。「マイペース」を口にしながら、案外せっかちな性格で、失敗の数を数えればきりがない。それでいて落ち込むことは少ない。同じ失敗、過ちを繰り返さなければ、失敗もまたひとつの成長の糧なのだ、と楽観的にとらえようとする。さてさて、僕っていったいどんな人間なんだろう?誰かに聞いてみたい気もするけど、思いもかけない返事が返って来て、すっかりへこんでしまいそうな気もして、うかつには訊けない…要するに僕はそういうタイプなのかもしれない(笑)。う~む。こう考えてくると、個性あふれる自己紹介って、書いてみると結構難しい、ですよね。

***

 こんな僕でも気兼ねをせずに、遊びに来てくれる学生がいてくれればいいけれど、どういうわけか今学期は、そういう学生がごくまれにしかいない。それはそれで構わないんだけれど、僕の本音としては「おいでませ一石亭へ」と宣伝を打ちたくなる今日この頃、です。どもども…ってこのネタが最近多いな、いや、何度も繰り返し、どもども。

 

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「お風呂を買ってルンルンしよう」(12/18)中国語訳が追加されました。2008-12-20 NEW

「夢が試される場所」(12/11)中国語訳が追加されました。2008-12-20 NEW

「16Daysのカウントダウン」(12/16)中国語訳が追加されました。2008-12-18 NEW

「お風呂を買ってルンルンしよう」(12/18)語注が追加されました。2008-12-18 NEW

「焼きうどん のち メランコリック」(12/17)中国語訳が追加されました。2008-12-17 NEW

「原点へ、原点から。」(12/15)語注が追加されました。2008-12-16 NEW

「夢が試される場所」(12/11)語注が追加されました。2008-12-11 

「夢の背中」(12/10)中国語訳が追加されました。2008-12-11 

プロフィール

一石亭華中

Author:一石亭華中
ようこそ、本ブログページへ。
一石亭は中国在住8年目を
迎えました。
でも中国語はまだ初歩の初歩。
趣味は「お仕事」と散歩、それに写真撮影。
あ、それからお昼寝も…趣味のうち、かも…。

YouTube今週のウタちか

凹んだとき、元気がでないとき、僕を支えてくれ、力づけてくれるウタを週替わりで紹介します。ちょっと古い歌が多いかも…ですが。今週も「ちょっと切ない歌」を。

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