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試練の1年 そしてこれから

 時の流れは速いもので、あっという間に11月も今日で終わりで、明日からは、いよいよ「師走」。それにしても昨年の12月以来、僕にとっては多事多難、波乱万丈、前代未聞の1年でした。とりあえず五体満足で生き延びていることに幸せを感じないではいられない。謙虚にそう思えるほどの試練を受けた1年間でした。…こんなふうに書くと、まるで除夜の鐘でも聞こえてきそうですが、2009年は、あとひと月残っているんでしたね。それにもかかわらず、あえてこう書いたのは、そうせずにはいられないほどの「試練」だったということです、大げさでなく、去年の事故とその顛末ってやつは。それゆえ、去年と同じ試練を受けることのないよう、残りのひと月を、大みそかまで健康第一で乗り切っていこう、と自分に言い聞かせている…それが今の僕です。どもども。

 そんなこんなで気分を年末モードに切り替えるため、今日からブログのテンプレート(背景)を1年ぶりにクリスマスバージョンにしてみました。ま、今年こそは、ゆったり気分でクリスマスを楽しみたいものですなぁ~(…ふぅ)。

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 さて、ここのところ時間が空くと、部屋にこもってひとりで過ごすことが多いのですが、気に入っている小説も繰り返し読んでしまって(そう思って部屋を見渡すと、本の絶対量が不足しているのは明らか…)、何をして時間をつぶすか、ついつい考えあぐねてしまうんですよね。そこで、昔観た映画のVCDを本棚の奥から引っ張り出してきて、蜜柑をほおばりながら眺める、というのが最近の僕の行動パターンとなっています。中国系では「英雄Hero」、「如果・爱perhaps love」といったところ。ちょっと古めの映画なので、「何、それェ~?」と学生からは笑われてしまいそうですが、久しぶりに観ると、結構面白んですね、これがまた。僕としては、女優にはあまり関心がないのですが(いや、マジで。)、男優のちょっとしたしぐさ、表情には、妙に惹かれていくんですね。僕の内面にある何かが、そういったものに刺激されるのを、はっきりと感じるのです。映画から何を読み解くか、これも年齢とともに変わって来るんだな、とあらためて実感しています。

 その一方で、最近は、というか事故以来、学生たちとの直接交流の機会がずっと少なくなっていることにも、気がついています。僕の方から学生をシャットアウトしているつもりはないのだけれど、知らず知らずの間に、僕は学生との間に目に見えない壁を作ってしまっているんだろうか?そういう不安に駆られることも少なくありません。これも今日最初に書いた「試練」のひとつだったのかもしれませんね。だから、ヒマのある方、いつでも声をかけてください。部屋に引きこもってる僕を外に引っ張り出してくれると、とてもありがたいので…(笑)。どぞ、よろしく。

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オチを求めて~行雲流水

 オチのない話というのは、書き終えたあとでも、気分がどうにも落ち着かない。文字通りオチがつかないってことなのだ。だから、というわけでもないけれど、もう少し書き足すことにした。どうぞお付き合いのほどを。

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 昨日は落ち着かないまま、したがってうまく寝つくことができずに何をしていたかというと、以前自分が書いた文章をたどる作業だった。もちろん、ふだんの僕はそういうことはしない。何故かと訊かれると困るけど、何となく追想じみたものにとらわれるのが苦手だから、ということなんだと思う。

 それでも、読み直してみて、あらためて僕は思った。とは言っても、「やっぱり昔の自分の文章を読むのは苦手だぁ~」ということをではない。つまり、違うのだ。たとえば1年前の僕の文章がもっている雰囲気と、最近のそれとは、かなり違う。どこがどのように、とはっきりとは言えないけれど、「へぇ、昔の僕は、こんな文章を書いてたのか…」と、思わずうなってしまった。文章がうまくてうなるならまだしも、ただ雰囲気が「違う」というだけのことなので、そこから何らかの教訓が得られるわけでもないかもしれないんだけどね。

 日本語表現技法の習作として、2年前に(これは旧ブログの話になるけど)『海辺の街のお話』というフィクションを書き出してみた。その後、今のブログに移行したときに、『新・海辺の街のお話』という題でリライトした。この2つの習作を比べてみても、それを書いていた時分の僕の気分が、かなり違っていることが、僕には読みとれた。

 それだけではない。日ごろの雑感にしても、2年前と1年前では、かなり雰囲気が異なっている。その分、僕が成長しているということなのか、それとは全く別次元のこと(ひょっとして「退化」し続けていたりして…)なのか、その判断は、今の僕にはできない。なぜなら、おそらく1年前の僕と今の僕を比べても、同じ文章を書くとはとうてい思えないからである。

 さてさて、要するに僕は何を言いたいのか。あるいは、あまりに当たり前すぎることかもしれないけど、僕は自分の変化を、書くという作業、そしてそれを読み直す作業を通じて、確認することができているということなのだ。上でも触れたように、そこに成長があるのかどうかはわからない。けれど、僕という人間がけっして一つの場所にとどまっているわけではなく、たえず変化をしていることだけは確かなようだ。

「行雲流水」

 その境地には程遠いけれど、僕は言葉を紡ぎながら、僕なりに自然に生きていきたい、そうなふうに思っている。人生の迷子にならないことだけを祈りながら、だけど…。(ここまで書き足しても、結局僕の話にオチはつかない…どもども)。

オチのない話で、どもども。

 昨日のブログ日記を読み返してみて、我ながら呆れてしまった。今さら貧乏自慢なんかやって、それが何になるのだ、う~む…と思わず腕組みをしてうなってしまった。こんな僕のブログ日記のいったいどこに「教研プロジェクト」の名に値するものがあるのだろう?そんなふうに疑っておられる方もおられるのではないでしょうか(冷や汗タラリ…)?

 もしおられるとしても、僕自身が「さもありなん」と、ついつい頷いてしまいそうになるので、困る。いや、実に困るのだ。

 というわけで、今日は、ささやかな自己弁護を兼ねた「楽屋話」をひとつ。

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 僕は毎回授業のはじめに「最近、何か変わったニュースはありませんでしたか?」と学生に問いかける。そこで出てきた話を素材に、日本や日本の社会・文化について論じていくことにしている。つまり、手っ取り早く言えば、最初から「脱線」してしまうのである。落語の世界には、まずお客さんから題を3つ出してもらい、それらを即座に、かつ巧みにつづりあわせて、ひとつの落語に仕上げてしまうというやり方がある。これを「三題話」と言う。僕には、当然のことながらそれほどの才覚はないので、お題は一つで勘弁してもらってるわけだけど、要するにその「一題話」(と呼ぶしかないよな…)が、僕の授業の「枕」になっているわけです。

 さて、それと僕のつたないブログ日記との間に何かかかわりがあるかと言うと、あるんですね、マジで。有り体に言うと、僕のブログ日記は、日々の授業のとっかかりの部分で、あるいは授業の合間にひょいとひねりこんでる、話の枕そのものなんです。

 あくまでも枕にすぎないので、こうした与太話めいたネタから、どんなふうに話が展開していくかは、授業を聞いてくれた学生以外にはわかりづらいでしょう。本来なら、この話の枕だけでおもしろい、と唸っていただけるような文を捻り出せればいいのだけど、それができるぐらいなら、もの書きで飯が食っていけるようになっているはずなので…哎呀~、とうとう文才のないことに居直ってしまってる僕なのであった。どもども。

 いずれにしても、ですっ!(何となく声が上ずってしまいますが、あえて気にせず…)授業の合間に、こうした「あそび」をうまく織り込んでいく、というのが、僕の僕たる所以(ゆえん)。学生諸君、そのあたりをお察しいただき、これからもお付き合いください。いやいや、ひょいと立ち寄ってくださった皆様にも、「こんな話から、どんなオチが来るんだ?」とお考えくださりながら読んでいただければ、身に余る光栄です。それにしても、オチのない話で失礼いたしましたぁ。どもども。

円高ドル安…そして宝くじ?

 ここのところ円高ドル安の傾向が続いている。現時点で1ドル≒86.96円。人民元もドルにつられて1元≒12.69円をつけている。今日は、こうした為替相場の流れを受けてか、日本国内の株価も大幅な下げ幅を記録した。

 こういうお話は、僕個人にとって実はたいしたことではない。…と言い切っていいものかどうか、少々疑問もあるけれど、少なくとも、僕がずっと中国国内で過ごしているかぎりにおいては、微々たる問題である。ところが、国境線を跨いで、日本に行き来する機会が増えれば、そうとばかりは言えない。給与は人民元建てでいただいているので、日本円に切り替えようとすると、当然その時点の相場によって、金額にかなりの差が生じるからである。

 と、のっけからお金をめぐる話で、恐縮です。この手の話題と来たら、いかにも僕には似つかわしくないですよね。僕は生れついての貧乏で(…と、こんなことを威張ってもしょうがないんだけど)、昔からとことんお金には縁がない。金儲けは言うまでもなく、あぶく銭というものを手にしたことも、僕の記憶にはない。もちろん、宝くじに当たるなんて幸運もあったためしがない、たとえ夢の中でさえ、だ。最近はよくD老師と一緒に晩ご飯を食べに行くけれど、領収書についてくる宝くじに、D老師は2回も当たり券を手にした。僕の場合、初めから「当たるわけないよなー」と思っているので、当たりもしないし、外れたからといってガッカリもしない。ここまでお金というものに縁がないと、いっそサッパリする(負け惜しみじゃないですからね…とほほ)。

 ところで、貧乏にも、それなりのメリットがある。いや、これ本当です。銀行というところは、それなりにお金を持っていて、それを貸し付けることで利益をあげている。ところが、僕くらいの貧乏人になると、借金さえ、させてくれないんですね。というわけで、のちのち返済に苦しむような借金を背負いこむことがない…それが僕たち貧乏人の特権です(笑)。

 う~む。書いていて、だんだん情けなくなってきたな…。ただ、これだけは自信をもって言える。金持ちだろうと、貧乏だろうと、僕はどっちでも構わない、ってことだ。要するに、身の丈に合った生活をすれば、それでよいのであって、無理して金もうけに走る必要も、貧乏を恥じる必要もない。これもまた、僕のマイペース型思考の表れ、と言えなくもありませんが、どうなんでしょうね。

 そういえば、そろそろ日本では年末ジャンボ宝くじ(前後賞合わせて1等賞金3億円!)が売り出される時期。「もし、3億円当たったら、どうする?」これ、よく交わされる質問なんだけど、ジャンボ宝くじに当たる可能性は、不意に交通事故死する可能性よりも低いので、たいていの人は、妄想そのものといった計画を夢見るのが常、です。僕もまた然り。何しろ3000円払って宝くじ10枚を買うんだから、それくらいの夢は見ないと損ってもんじゃないでしょうか(笑)。…それにしても、為替や株といった、多少は高尚な話から始めたのに、最後は貧乏人の夢・宝くじで締めくくるなんて、いかにも僕らしい話の展開だったような気もする。どもども。

歴史ドラマのひとつとして・北京へ

 寒波が去ってしばらく暖かい日が続いています。今日もコートなしで過ごしすことができました。空を見上げると武漢では珍しいほどの澄んだ青空が広がり、黄葉に染め抜かれたキャンパスは穏やかな晩秋をいっぱいに受けとめている感じがします。

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 さて、今日は日本から、よい知らせが舞い込みました。とは言っても、僕に関するものではなく、義母の栄誉にかかわるニュースでした。来月のクリスマスウィークに中国へお越しを、とご招待を受けた、とのこと。しかも招いてくださるのは中国中央政府。ちょうど建国60周年という節目を迎えた今年、新中国建設に力を尽くした日本人「老幹部」を北京に招き、ともにこの国の発展と日中友好の努力を祝おうというのが、その趣旨なのでしょう。ちなみに、僕の身近な人ならよくご存じですが、僕の義父母は、終戦後、医療専門家として八路軍に参加し、多くの中国人民とともに新中国建設に青春を捧げた経歴をもっています。そして、新中国建国の宣言を聞いた瞬間、数多の同志と思わず抱き合って喜んだ、と僕は聞いています。これも歴史の一つのドラマには違いありません。

 それから60年――。義父母も、はや80代半ば。とはいえ、今でも日中両国および両国人民の友好促進のために心を砕いています。そして、どういう成り行きからか、義理の息子である僕もまた、中国の全面的な小康社会の実現のために、中国高等教育の現場で微力を尽くすことになっていました。期せずして、義父母の中国への思いを、力不足ながら僕が受け継いでいる今況に、僕はあらためて感謝せずにはいられません。さてさて、これもまた一つのドラマなんでしょうか…たとえ蛇足的なものであったとしても、ですけど。

 ふと僕は思い当たりました、1年前のクリスマスに危うく僕が命を落としかけたことを。そしてちょうどその1年後に義母が中国政府からの招待を受け、クリスマスを中国で過ごす…この時間的「偶然」を、ただの偶然として見過ごしてはいけないような気がしてなりません(これを「牽強付会」とはおっしゃらないでください、できることなら…笑)。今年のクリスマスを新たな出発点として、僕自身が中国の真の意味での発展、北東アジアの平和の実現のために、たとえゴビ砂漠の中の一粒の砂のごときものであっても、ささやかに力を尽くして生きていきたい。それを再確認するための「啓示」として、僕は受け止めたい、と思うのです。どもども。

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 去年のクリスマスシーズン、上海の外灘を見下ろしながら、ゆったりとした時間を過ごしたいと思っていましたが、それはかないませんでした、それは叶いませんでした。せめて今年は、義母と一緒にのんびりと古き良き時代の北京の街並みを散策して、ささやかながら義父母の健康と中国の発展を祈りたいと思っています。…えーっと、学長…こんな理由で、来月3日間ほど「出張」扱いにしていただけるでしょうか?…あ、やっぱり無理ですよね(泣)。

いろいろな意味で、どもども。

 今日もまた深夜のブログ更新となった。どうやら、こんなふうに深夜に行動するのは、もはや〈習性〉であるらしい。…と居直ってしまっては身も蓋もないけれど、事実は事実であって、隠しようがない。我ながら、やれやれ、である。

 もう日付は変わってしまって「昨日」のことになるけれど、急に思い立って部屋の模様替えをした。もっとも、模様替えと言うよりは、むしろ「冬籠り」の準備と言った方が正確かもしれない。コタツ部屋の畳もコタツも、そっくりそのまま書斎に移動したのだ。これからは、旧コタツ部屋も寝室も原則として使わない。ほとんどすべてを書斎でまかなおう、というわけである。こうすれば、暖房は書斎に集中することもできるし、そこでじっとしていれば虞間の厳冬期を何とか乗り切ることができるだろう、と僕なりにない知恵を絞ってみたってことです。かくして(武漢生活3年目にして、ようやく)僕が多少なりともヒト的進化をしたのかどうか、それはまだわからないけれど…とにかく寒さ対策は講じてみました。

 さて、この数日間は、誰ともほとんど会うこともなく、会話を交わさないままときを過ごしてしまった。部屋にこもっていては、往々気は滅入ってしまうもの。だからというわけでもないけれど、午後から近くのデパ地下まで散歩がてら出かけてみた。デパ地下の食堂に入って、ぼんやり外を歩く人の流れを見ていて、あらためて感じた。誰もが、それぞれの時間の中で流れるように生きている、と。そしてそれを僕は止まった時間の中でただ眺め続けているのだ、とも。こうした感覚は、他の人にはなかなかわかってもらえないかもしれない。以前のような、「ふつうの感覚」に戻るには、まだ長い時間が必要なのかもしれない。だけど焦る必要はない。これが僕に課せられた「定め」なのだ、と受け入れて生きるしかなさそうだから。

 ところで、たまに外出すると、きちんと在学生や卒業生にばったり出会ったりするから、不思議なものだ。それに、まるで思い出したようにメールが届いていたりもする。つまり、こんな僕でも、社会の中で生きていることだけは確かなのだ、と感じた日曜日の午後でした。

 いろいろな意味で、どもども。

本日天気晴朗ナレド停滞中…

 こんな日もある…と書く以外表現のしようがない一日だった。あるいは「とにかくひたすら寝て暮らした1日」とでも言うべきか。山登りに例えると、天候その他の条件で、登頂予定者が全く身動きできずに一か所に留まらなければならないことがある。これを登山用語で「停滞」と言う。つまり、今日1日、僕は宿舎のコタツの中で「停滞」していたわけである。

 なぜか?と訊かれても、これにはなかなかうまく答えられない。それでも敢えて答えを探してみると、体力の問題ではなく、むしろ気力の問題ということになる…と思う。

 誰にだって、似たような気分に落ち込んだ経験が、少なくとも1度や2度はあるだろうけど(まさか皆無ってことはないですよね?)、こんな時は、あれこれと策を練ってみても空しい…というのが僕の経験則。居直ってとことん寝てしまう方が、よっぽどマシなのだ。

 じゃ、どうして気分が落ち込んでしまったか、と言うと、これまた説明は難しい。枯葉が次々と舞い落ちて、地面を覆い隠すように、僕の気分もなにものかに覆われて、重く翳ってしまっている…そういう感じなのである。

 もちろん、時間がたてば、こういうマイナーな気分は自然と乗り切ることができる。そう思う一方で、何かしら釈然としないものが胸中でわだかまっている。今しっかりと熟考しておかなくてはいけない問題に僕はぶつかっているような気もしているのだ。

 言ってみれば、こういう話は、僕の「楽屋話」でしかなく、そもそも公開されるきものでも、同情を買うべきものでもない、のかもしれない。それがわかっていながら、なぜ僕は、こんなことを書き続けているのか。

 もちろん、それにはそれなりの理由(わけ)がある。けれど、その理由を縷々書き綴ることには差しさわりがあるとしか言いようがない。やれやれ。

 物事をスパッと単純に割り切って、カラカラと笑い飛ばせるような性格を、少なくとも今の僕は持っていないことだけは間違いない。結論だけ言うと、教壇という名の舞台を降りると、僕は僕でしかないってことなんだよね、要するに。

 はい、グダグダとわけの分らぬ弱音はこれくらいにして、お風呂に入ってこよう。少しは気分もしゃきっとするに違いないし。どもども。

わだかまる日々

 前回に続き、スポーツの話を。…とは言っても、今日は何も母校自慢をしたいわけではありませんので、よろしければお付き合いのほどを(笑)。

 さてさて。

 どれほど優れたスポーツ選手でも、つねにベストの状態でいられるわけではない、ときには調子がなかなか上がらず、イージーミスを繰り返すことだってある…つまり、そういう話である。とりわけ、周りからの期待が高まれば高まるほど、それがかえってプレッシャーとなって期待を裏切ってしまうことだってあるかもしれない。

 仮に、スタープレイヤーであってさえ、そうであるのなら、僕のごとき凡才が「ベスト」という言葉を口にするだけでもおこがましい。心身ともに、去年の事故からようやく立ち直りはしたけれど、まだ霧の中をさまよっているような不安に駆られることもないわけではないのだ。

 少なくとも、こうして現場に復帰できただけでも幸運だった…そう自分に言い聞かせることも少なくない。だからと言って、決して僕は弱気になっているわけじゃない。ただ、自分がどこまで回復しているのか確かめ続けないと不安なだけなのである。だから、ほんの些細なことに対しても、必要以上のこだわりを見せてしまうことが多くなったような気がする。そのこだわりも、僕の内面にかかわるものもあれば、授業の際に学生に伝えたい内容にかかわっている場合もある。…そういうわけで、僕が今置かれている状況を考慮に入れなければ、僕という人間は、ひょっとするとあまりにくどくどと言葉を重ねる偏向的なこだわり人間にしか見えないかもしれない。その危惧がないわけではないけれども、むしろ敢えてそれを覚悟の上で、僕はこの冬を過ごしている、と言ってもよい。

 *** 閑話休題 ***

 今学期、僕はかなり論争提起的(ポレーミッシュ)な話題を取り上げている。これも、僕の「こだわり」のなせる技(?)かもしれない。聴き手の中には「あ~あ、またそんな話かぁ」とあきれる者もいるだろうし、「それって偏見だっ!」と嫌悪感をもつ者だっているに違いない。でも、僕は何かを(あるいは誰かを)見下して、偏見でモノを語っているわけではない。「議論をする」ということの意味、そのルールのあり方を聴き手に考えてほしいと思っているだけのことなのだ。もし、その思いが聴き手に伝わっていないとすれば、僕の授業の進め方ないし話し方、さもなくば僕という人間そのものが、あまりに未熟だったということにすぎない…おそらく。

 

 う~む、今日は何とも自己弁護的かつ堅苦しい話にこだわってしまったような気も…。せめて明日からは、「ベスト best」ではないまでも、長い目で見て「ベター better」と自己評価できる自分を目指して生きていきたいと思います。

 

ふるさとは遠きにありて…

 情念、という言葉がある。あえて口外することはなくとも、人なら誰しも、それぞれのPassionを胸奥に抱えて生きているに違いない、と思う。そして僕も、その例外ではない。僕もまた僕なりの「情念」を埋火のように抱えて生きている。

 もっとも今日は、そうした情念そのものついて語りたいわけではない。もっと身近な、思わず胸に火がともるような気持ちについて話したい、と思ったに過ぎない。

 僕の胸を熱くするもののひとつに「郷里・ふるさと」がある。もうブログの中で何回も触れたことがあるように、僕のふるさとは、山口という本州西端の片田舎でしかない。その小さな町で、僕は高校卒業までの18年間を過ごした。今でもたまにその町に戻ると、僕の体細胞の一つ一つにふるさとのもつ生気(精気)が沁み渡ってくるような気さえする。

 ここ数日、僕はそうした感覚の中にある。というのも、たまたまネット記事で、ふるさとに関するニュースを目にしたことが、そのきっかけだった。いずれも僕の母校に関するニュースで、しかもスポーツにかかわるものだった。

 まずひとつは、高校ラグビー県大会のニュース。僕の母校である山口高校が、久しぶりに県大会の決勝戦に駒を進めた、というのである。県内の高校ラグビーでは大津高校が全国的にも(多少ながら)名を知られているが、その大津高校を破った勢いを借りてここまで来たのかもしれない。県大会決勝の相手は、萩工商。ここも強豪チームである。勝負は時の運。22日の決勝戦では、両チームとも全力を尽くして全国大会への切符を勝ち取ってほしい。できれば我が山高に、という微かな期待を抱きつつ、ではあるけれど。

 もうひとつは、サッカー。高校サッカーの県大会で、我が山高チームが優勝した、というニュースを読んだ。こっちの場合も、山口高校の全国大会出場は久々の「快挙」である。僕がまだ在学中だったころは、常勝チームに数えられていたけれど、最近はあまりパッとしなかっただけに、余計に全国大会での活躍を期待してしまう…。つまり、ふるさとへの思い入れっていうのは、そういうものなんですよね。

 僕にとって、冬、特に年末年始にかけての楽しみのひとつは、TVで高校サッカー、同ラグビー全国大会、それに大学箱根駅伝といったスポーツを観戦することにある。今は、中国・武漢在住で、なかなかそういう楽しみを味わうことはできないけれど、ネットの速報ニュースを待ちながら、ふるさとを思う…それが最近の楽しみになっています。

 今日は、ただのふるさと自慢に終始してしまって、ちょっと申し訳ない。でも、ふるさとへの思いは、世代や国籍を越えたものがある、と僕は思っています。たぶん、みなさんもふるさとへの思いには格別のものがあると信じています。ではでは。

白い冬 到来

 武漢にも本格的な冬到来。

 昨日の日曜日、夜7時から外国語学院主催によるアフレココンテストが行われた。少し早めに宿舎を出て、会場である教学楼に向かった。外は朝からの雨…と思っていたら、傘に当たる雨粒の音がいつもと違う。みぞれ混じりの雨だった。肩をすくませて歩きたくなるほどの寒さに、思わずコートの襟をたててしまった。

 ところで、コンテストは18チームが参加。うち日本語学部からは3チームが出場。第1次の競技では、いずれのチームも実力伯仲、まさに甲乙つけがたい出来だったように思う。少なくとも、僕が受け持たせていただいた審査では、ほぼ全チームがほぼ5点差の範囲内に集中していた。各チームとも、それなりにしっかりと準備をしてきたんだろうな、とわかる出来だった。

 ところが第2次の競技は、その場で画面を見せられて、即興でアフレコを行うという形式であったため、各チームの素の実力が試されることになった。素材にはかなりレベルの差があって、運にも左右される結果となったけれど、やはり1位をとったチームは、さすがに「う~む」と唸ってしまうほどの出来のよさだった。残念ながら、日本語学部チームに課された素材は、教室で学ぶ標準語とはかなり趣が違うもので、本科2年生が即興で対応するには難しすぎるレベルのものであった。だから最終成績については、たとえ何等賞であれ、恥じ入る必要は全くありません。要は、このコンテストを楽しめたかどうか、です。いずれにせよ、全出場チームに惜しみない拍手を贈ります。

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 コンテストが終わって、帰路についた。とは言っても、教学楼から宿舎までわずか徒歩4分ほどの距離ですけれど。外に出ると、みぞれは雪に変わっていて、プラタナスの枝々を白く染め抜きはじめていた。

 今日も朝から雪がキャンパス内を舞い、目に映る景色を白色の世界に変えていた。ココアはまだ買いに行っていないので、午前中はコーヒーで代用しながら窓の外を眺めて過ごした。

 さてさて、寒さは、これから次第に厳しくなっていくことと思います。風邪や新型インフルに気をつけて、皆さんが健康第一でこの冬を乗り切っていかれることを、願ってやまない深夜の僕です。

 

僕はいかにお気楽人間か?

 今日、4年生のひとりが履歴書の書き方について質問をしに僕の宿舎にやってきた。彼女の用事はそれだけだったにもかかわらず、最近の僕は話し相手がいると際限なくしゃべり続けてしまうので、時間が過ぎ去るのも忘れてしまうほど話し込んでしまった。

 彼女の話によると、明日あたりからまた雨模様になるらしい。しかも、そのあとは気温も零下になって、武漢にも雪が舞うかもしれないとのこと。ああ、それじゃ例年よりも冬本番が近いのかもしれない、冬支度を急がないといけないなぁ、と僕は窓の外を見ながら、ぼんやりとそう思った。

 僕は、寒さにはからきし弱いけれど、雪景色は好きである。しんしんと降る雪を窓越しに眺めながら、暖房の効いた部屋で熱いココアを飲んでいる時などは、すごく幸せな気分に浸ることができる。もうそういう季節が近づいて来ているんだなぁ…そう思った瞬間、「あ、近いうちにココア買って来なくちゃ…あれ?でも、近くのスーパーに僕の好きなココアって売っていたっけ?」と思わず首をひねってしまった。ことほどさように、僕の頭の中はずいぶんお気楽にできているみたいだ。

 僕の周りにいる人ならば、多かれ少なかれもう気がついているとは思うんだけど、僕と言う人間はかなりのマイペース型らしくて、その分、流行にはこの上なく疎い。おかげで、周りの人となかなか話がかみ合わないことも少なくない。その意味で、僕には協調性に欠けるところがあるのかもしれない。そのかわり、たとえば風邪やインフルエンザが流行っていても、僕のとこだけはスッと通り過ぎてしまうのか、くしゃみをしたり熱を出すことさえない。もっとも、流行が収まってみんな元気なったころ、見事に間を外して風邪をひいたりするものだから、かえって周りからは馬鹿にされることもある。ま、僕としては、そういう自分と長いこと付き合ってきたので、今さら呆れもしないけれど、マイペースという生き方も、それなりに大変なんですよね、実際のところ。ぶつぶつ。(それ以上に、僕の周りで心配してくれる人にとって、僕は本当に世話の焼ける人間なのかもしれないけど…。)

 で、話は雪見をしながらココアを飲む、ってところに戻るけど、そんなとき僕はほのぼの何を考えているのか、というと、えーっと、つまり、いつもブログに書き込んでいるようなとりとめもないことばかりなんですね。僕の頭の中がお気楽にできてるってことが、それだけでもお分かりいただけるのではないでしょうか?ははは、しかし、こんなこと、何の自慢にもなりはしないな、まったく。

お風呂のない人生なんて…

 気象庁のまわし者ではないけれど(ま、たとえそうであったとしても、美人の「お天気おねえさん」ではないから、アクセス数が急上昇!ってことにはならないと思うけどさ…)、今日もとりあえず天気ネタから始めます。

 さて、寒波の影響からか、今日も結構寒さがズンと身にしみました。昼間でも気温は5℃前後。幸いなことにすっかり雨はあがっていたけれど、セーターを衣装ケースから掘り出してきて着込まないと、風邪をひいてしまいそうな一日でした。この時期に風邪を引き込むと、周りからは「すわ、新型インフルか?」とあらぬ疑いをかけられかねないので、用心が肝心。いや、マジで。

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 ところで、こんな寒い一日の中で、一番幸せなことは何かと問われたら、僕はためらいなく、即座に、「お風呂っ!」と答えるでしょう。もちろん、お風呂をじっと眺めるわけでも、ナデナデして可愛がるわけでもありません。風呂桶に熱いお湯を張って、その中にザブンと飛び込む、そしてからだのシンまで温まることに、至上の悦びを感じてしまうのです。3年間の禁酒を言い渡されても、僕は全然苦にも思いませんが、3日間の禁「入浴」を言い渡されたら、たぶん身をよじって許しを請うに違いない…それくらい、僕にとってお風呂といのは「健康で文化的な最低限の生活」に欠かせない必須項目になっているんです。

 いつ頃からそうなったかと訊かれても、うまく返事はできない。たぶん、生まれたときから、食事、睡眠と並んで入浴も日常生活の一部に組み込まれていたはずなので、「産湯の時以来ずっと」と答えるしかなさそうです。水不足が国家的課題に取り上げられる中国で、お風呂生活を享受することには、僕としてもいささかの申し訳なさがつきまといますが、生きていくうえで人間に酸素が欠かせないように、僕にはお風呂も欠かせない。で、結局は、「どもども」と頭を下げながら、熱めのお湯にどっぷりつかってしまう深夜の僕なのでした。いや、ホンマにドモドモ…。

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 4年生のみなさんは、そろそろ卒論のテーマを決めなければならないはずですが、日本のお風呂文化あるいは温泉文化に関心があり、これを手掛かりに論文を書きたいと思う方が、もしいらっしゃいましたら、僕はいつでもインタヴュイーにも実験台にもなりますので、遠慮なくご連絡のほどを(笑)。

日本語使いのネコ?

 今日はまたいちだんと冷え込んできた感じ。小雨模様の一日で、視覚的にも冬の始まりを感じさせた。こうなると僕は急に活動が鈍くなり、できることならコタツから離れたくなくなるタイプである。そう、冬の寒さがどうにも苦手な猫がそうであるように。…というわけで、今日はネコにまつわる話を。

***

 ずいぶん前に人から聞いた話ですが、あるおばさんが海外旅行に出かけたときの話である。行き先は、中国だったかアメリカだったか、残念ながら僕の記憶には残っていない。いずれにせよ、そのおばさん、いくつもの観光名所を回ったあと、道端で一匹のかわいいネコに出会った。ネコも、しばらくの間「異邦人」であるおばさんをキョトンとした表情で見上げていた。それからやおら小さい声でニャオと鳴いてみせたらいい。すると、そのおばさん、思わず胸がキュンとなり、同伴者たちをふりかえってウルウルとした目で言った。

「あらぁ、このネコさんったら『ニャア』ですって。

ちゃんと日本語で鳴いてるわぁ~」

 

 この話を聞いた瞬間、僕は飲みかけていたお茶を危うくぶーっと噴き出していまうところだった。だって、それ、たかがネコの鳴き声ですよ。それが日本であろうが、中国であろうが、アメリカであろうが、はたまたジャングルの奥地であろうが、ネコは「ニャア」と鳴くものでしょ。ネコに日本語も中国語も英語もあったものじゃあないだろ、と僕はあきれた。

 でも、あとになって僕はあらためて考え直してみたのだ。確かにそのおばさんには、ネコの鳴き声が「ニャア」と聞こえたに違いない。しかし、問題は、この「ニャア」である。よく考えてみれば(いや、あまり考えてみなくても)「ニャア」というのは擬音語で、これもれっきとした日本語なのである。とすれば、やっぱり、このネコは「日本語で鳴いた」と考えるのも、あながち間違いではないことになりはすまいか…と。おそらくそれをドイツ人が聞いたなら、きっと「miau」と聞き取ったに違いないわけだしね。

 う~む。日本語で鳴くネコかぁ。じゃ、中国のネコは、何と言って鳴くんでしょうね?日中辞典を持っていない僕に、どなたか教えてくださると、うれしいニャア。…と思わずネコ型文末表現を使ったところで、今日の話は終わりです。それにしても、オチのない非学術的駄文で申し訳ないっ!

 

快点儿吧~!

 今日は、キャンパス内を渡る風に肌寒さを感じた。プラタナス並木の下を歩く学生たちのファッションを眺めていると、日一日と冬の装いに変わっていくのがわかるような気がする。
 午前の授業を終えて宿舎に戻る途中、果物屋に立ち寄って蜜柑を買う。僕の体も次第に冬の味覚を求めはじめているのかもしれない。冬と蜜柑は、僕にとって、どういうわけか切っても切り離せない関係にある。こういう関係って、何となく不思議なものですね。
                       ***
 ところで、今年の僕は、「食」をめぐっていろいろと悩まされ続けている。簡単に言えば、受けつけられる料理がかなり限定されてしまった、ということなのである。中国で暮らし始めて8年目、武漢に来てから3年目なのだけど、こんな変化は初めてのことだったので、最初は僕自身が戸惑ってしまった。第一に、武漢料理になかなか箸が伸びなくなった。山椒(花椒)をたくさん使う料理が多いせいか、山椒特有の香りと辛さにおなかの方がたちまちgive upの白旗を掲げてしまう(泣)。もともと湖北省は、四川省や重慶市、それに湖南省に接していて、その料理も辛さで知られている。
 結局、僕は和風の味付けやフレンチ、イタリアン系の料理を探し求めて、この10カ月を過ごしてきたようなものだった。やれやれ。
 それでも、近頃は近くのスーパーで、うどんの乾麺、日本そば、生めんタイプの焼きそば、それにインスタントラーメン(しかもオーソドックスな「出○一丁」!)も揃えてくれるようになった(この話は前にも書いたような気がするけど…ま、いっか)。問題は、武漢では需要層が小さい(つまり日本人が少ない)せいか、いったん品切れになると、棚に再び並ぶまでかなりの空白期間が生じることにある。と言うわけで、インスタントラーメンが棚に並ぶと、一度に10袋くらいまとめ買いをしてしまうのである。
 今日は、ひと月ぶりに生めんタイプの焼きそばが再入荷していたので、思案するより前に手が伸びてしまった。ちなみに、この焼きそば、作ってるのは熊本県の会社である。そして、熊本と言えば、僕の同僚であるD老師のふるさと…。さて、郷土愛に燃えるD老師!急がねば、すぐに品切れになってしまいますよ!
                 快点儿吧~! 

 食べ物ネタばかりで恐縮ですが、今日の夕食は4年生のWさんと一緒に12インチのピザ。したがって、食後の帰り道の僕は、ちょっとイタリアン気分…はは、いや、そんなにかっこいいものではないな、僕の場合…とほほ。
 しかし、それにしても…う~む。明日こそは、もう少し学術的な話をしてみたいなぁ。ぶつぶつぶつ。

「北京メモランダム」…これも国際戦略?

 またしても久しぶりのブログ更新となってしまった。決してパソコンやネットの調子が悪かったわけでも、電気を止められていたわけでもない。とにかく、バタバタと動き回って、落ち着いてパソコンの前に座り駄文を書き連ねるだけの気分的ゆとりがなかっただけのことだった。

 余談ながら、電気と言えば、まず書斎、それからトイレの蛍光灯がなぜか立て続けに切れてしまった。すぐに取り換えれば済むことなのだが、中国の天井は日本のそれに比べてかなり高い。身長170cmほどしかない僕が精いっぱい跳びあがってみても、中国の天井にはとうてい手は届かない。テーブルの上に椅子でも載せて、その上によじ登る苦労が必要となるので、ついつい放ったらかしにしておいた。暗くて困ったときには、机の上の蛍光スタンドをトイレに持ち込んだりして、その場をしのいでいたのだけれど、今日はうっかり蛍光スタンドが風呂桶にダイビングをしてしまった。当然、一発でオシャカである。やれやれ。明日か明後日には、蛍光灯2本と蛍光スタンドを買いに行かなくちゃならないことになってしまった。

***

 さて、先週の木・金・土の3日間は、大学の運動会で、授業は休講。土曜日の夜には、L主任と外事処総務のW氏と一緒に寝台列車で北京に出張。L主任、新採用のN老師、それに僕にとっての「母校」でもある日本の新潟大学がこの度北京に中国代表事務所を設置したのを記念して、開設記念式典が催されることになり、それに出席するのが目的であった。N老師だけは、ひと足早く金曜日には北京入りしていた。日曜日朝7時に北京西駅に到着。ほぼ10時間の旅でチケット代金は片道280元前後。まあまあの値段である。

 朝食をとったあとで、式典開催場所であるWホテルに到着。まずは、僕にとっては師匠にあたるY副学長・理事に電話を差し上げる。当然のことながらY理事はスケジュールが詰まっておられたが、午後1時から少し時間を割いてくださることになり、僕らはそれまでゆったりとおしゃべりをして時間をつぶした。午後1時前に外出先から戻られたY理事とホテルロビーで、ご挨拶、御礼も含め、あれこれと話に花を咲かせる。

 午後3時からは、記念式典。僕としては、やはり久々に拝聴させていただくY理事の「語り」が、懐かしさも手伝って、いやもう、気分最高!しかも、Y理事はご自身の講演の中で、この夏うちの院生5名を丸ひと月「外国人短期研究員」として受け入れてくださった経緯までわざわざご紹介してくださいました。不肖の弟子としては(←これは「掛け値なし」の表現です 笑)、正直、この上なく誉れとなることでした。

 G学長、国際交流担当のY副学長、国際課のY課長にも、式典終了後に、この夏のご厚情に感謝申し上げる機会を得ることもできて、少しほっと安堵の息をつくことができました。

 外事処のW氏に同行していただいた理由は、今後とも新潟大学とうちの学校の相互交流を発展的に継続していきたいと願うこちらの思いを、新潟大学の首脳陣にお伝えしたいというところにあったわけですが、それもほぼ達成できたのではないか、と(あくまで)僕個人としては安堵いたしました。これも、師匠であるY理事のご配慮の賜物であることは、もちろんあらためて言うまでもない。

 そうそう、国際課のY課長からも「来年もお待ちしていますね」というお言葉をいただきました。院生2年の皆さん、その心づもりでいてくださいね。

 帰路も、夜9時発武昌行き寝台列車。つまるところ、北京0泊3日のなかなかハードなスケジュールでしたが、それなりに実りある週末だったように思います。

 それから末筆で大変恐縮ですが、L主任、N老師、W氏、本当にお疲れさまでした。両校の発展のためのお力添えに、私ごときが申し上げるのは僭越とは存じますが、偽りなく「心から感謝しております」。

 …というわけで、4日分の報告はここまでとさせていただきます。どもども。

ザビエルをめぐる雑感

 僕の健康状態と言うか生活状況を確かめるために、1週間ほど家人が武漢に来ていた。「予想していたよりはまともな生活をしているようだ」と安心して、昨日の早朝の便で上海に向かい、深夜には日本の自宅に辿り着いたとのこと。

 家人の置き土産、というわけでもないだろうが、僕の手元には司馬遼太郎『以下、無用のことながら』(文春文庫、2004年)が残されている。気分転換ないし暇つぶしに本を読むのが習慣になっているので、このエッセイ集もパラパラと頁をめくって、司馬遼太郎の世界に浸って時間を過ごした。

 この作品中にバスクという言葉が出てくる。バスクというのは、フランス・スペインの国境にまたがる地域を指し、ピレネー山脈の西部に位置している。20世紀後半には独立運動が活発化して注目を集めたが、「バスク」という地名からまず思い浮かぶのは、詩人ガルシア・ロルカであり、イエズス会伝道師フランシスコ・ザビエルである。今日は、ザビエル(中国名:方济各)にまつわる話を綴ろうと思う。

 ザビエルはナバラ王国貴族の家に生まれ、イエズス会に入会し、東洋伝道のため1549年に来日した。ザビエルは各地で伝道したが、その中でもとりわけ温かく迎え入れたのが山口であった。当時の山口は屈指の守護大名であった大内氏の統治下にあった。応仁の乱から戦国時代を通じて疲弊した京の貴族、文化人を受け入れていた山口は、「西の京」と呼ばれるまでに殷賑を極めていた、といわれる。また地理的に見ても中国への玄関口として国際的視野をもつ先進的な地域でもあった。水墨画で高名な雪舟も大内氏の庇護のもとで、渡明を果たし、帰国後、山口に雲谷庵を構えた。その庭は雪舟庭と呼ばれ、山口の誇る文化遺産となっているほどである。

 話は戻る。ザビエルは山口の人士に敬意をもって迎えられ、彼が山口を去った後も、ザビエルの業績を称える気持ちはその後の山口人に受け継がれた。

 山口市の中心部に亀山というなだらかな丘陵がある。その中腹に、ザビエル記念聖堂が双塔を天に向かって突き上げていた。18歳まで山口で育った僕は、毎日のようにその聖堂を見上げ、昼時には聖堂から響き渡る鐘の音を耳にして過ごした。僕が見慣れた聖堂は、何年か前に火事で焼失し、新たな聖堂として再建され、今日に至っている。460年前に来日した一伝道師への思いが、今なお山口の人々の心の中に生き続けていることを物語る話だと言えなくもあるまい。

 僕は無宗教の立場であるけれど、ひとりの人間の生き様として見たとき、ザビエルもまた敬愛すべき存在と心に映ることを否定はできない。その意味で、僕もひとりの名もなき山口人なのだと思う。

 とりとめもない話になったけれど、そんな思いをめぐらせる機会を与えてくれた司馬氏のエッセイ集に、今日は感謝しながら眠りたい。

タバコ増税の動きについて

 今、日本の国会では「税制改革」に関心が寄せられている。なかでも、タバコに対する増税が、与党である民主党から主張されているらしい。実は、僕自身も喫煙者であることから、この問題には無関心ではいられない(もっとも、現在のところ、僕は中国在住なので、たとえタバコ増税が行われても、大した影響はない、とも言えるのだけど…)。

 これまでのタバコ増税で言えば、旧国鉄が抱えていた巨額負債を補てんするために、タバコ1本当たり1円近い税金が上乗せされたケースは記憶に新しい。今回は、高齢者福祉に充当するために、タバコ1本当たり10円の増税が想定されている、という。

 喫煙は、自らの健康に害を与えるだけでなく、周囲にいる人にも健康被害を与えるとして、常に「悪役」扱いをされてきた。それだけの迷惑をかけているのだから、増税は当然受け入れるべきだ、という風潮があるように思える。また、同じ理由から、公共スペースでの喫煙を制限・禁止するケースも増え続けている。こうなると、もはや喫煙愛好者には、立つ瀬がないというほかない。

 また旧国鉄の負債返済のために、増税という形で「肩代わり」をさせられたにもかかわらず、喫煙者は、非喫煙者から白い目で見られ続け、駅のホームなどでも喫煙できる場所を奪われ続けている。この事実は、ある意味、非喫煙者ないし「社会良識」による喫煙者の迫害に近いものがあるのではないかとさえ思えるのである。借金の肩代わりをしながら、なおかついじめに遭う喫煙者は、哀れである。

 さて、今回も、高齢者福祉のための財源確保のために、安易にタバコ増税に走ることは、上と同じ理由で「喫煙権」の権利性を事実上希薄化させる。そこには、ニコチン中毒者には、どのような負担増を求めても差し支えないのだ、という「嫌煙権」側の主張に100%おもねる姿勢が窺われて仕方がない。それを政府側でも多少は気にしているのか、「たとえば、イギリスのタバコは850円もしますから…」という言い逃れをしようとしているところが、なおさら胡散臭い気がしてならない。それなら「イギリスだってたくさんの核兵器を持ってますから、日本も100発くらいは保有しましょう」という理屈が成り立つ、とでもいうのだろうか…。

 最後に、タバコ増税には絶対反対!と僕は言いたいわけではない、ということを付け加えておきたいと思います。ただ、喫煙者にも「喫煙権」があるのだとしたら、彼らを一方的に悪役に仕立てて、十分な審議を行うことなく税を課すことにどれだけ道理があるのか、ご一考いただきたいと思うのである。どもども。

晩秋の空の下、感謝の心を捧ぐ

 今日から11月に突入。昨日、一昨日と少し天気が崩れたのを境に、気温がぐっと下がってきたような気がする。いよいよ晩秋入りか―と、肌で季節の変わり目を実感した1日だった。

 さて、このブログも教研プロジェクト版に移行して13カ月ぶりを迎えた。あらためてこの1年余りを振り返ってみれば、個人的にはかなりの「激変」をくぐり抜けてきたように思う。いや、より正確に言えば、今もその激変の余波の中であがき続けている僕なのである。と言うのも、昨年10月時点の心身の状態と比べて、まだ十分に回復していない部分があるいからである。そういう意味で、僕はまだ回復途上にある、と言うべきなのかもしれない。やはり、去年の暮の入院・手術は、それほど大きな事故がもたらしたものだったのだろう、と思わざるをえない。

 そうした思いは家人にとっても変わらないのだろう。家人は先週末から1週間ほど武漢にやって来ていて、僕の回復具合をチェックしている。「夏に比べて、少しは回復が進んでいる」というのが彼女の感想である。たとえ少しずつでもリハビリ(回復)が進んでいれば、よしとしよう、焦ってはいけない…。それは、僕がずっと自分に言い聞かせている言葉なのである。これまで僕を支えてくださっている皆さんに感謝するとともに、今しばらく長い目で回復を見守っていただきたい、とここであらためてお願いする次第です。どもども。

 以上、ちょっと短めのブログ日記となりましたが、ま、たまにはそういうこともあっていいのかな…(笑)?

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「お風呂を買ってルンルンしよう」(12/18)中国語訳が追加されました。2008-12-20 NEW

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一石亭華中

Author:一石亭華中
ようこそ、本ブログページへ。
一石亭は中国在住8年目を
迎えました。
でも中国語はまだ初歩の初歩。
趣味は「お仕事」と散歩、それに写真撮影。
あ、それからお昼寝も…趣味のうち、かも…。

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凹んだとき、元気がでないとき、僕を支えてくれ、力づけてくれるウタを週替わりで紹介します。ちょっと古い歌が多いかも…ですが。今週も「ちょっと切ない歌」を。

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