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ギンモクセイの香りに誘われて

 昨日は、ほんの僅かではあったけれど木々の葉を湿らすほどの細やかな雨が舞った。今日も、空には、少し鈍色(にびいろ)に染まった雲が広がっていた。その空の下を、秋風が渡ってゆく。教学楼への行き帰りに、僕はその風に包まれながら歩いた。風は、かすかに甘い香りを運んできた。ふと見上げると、頭上に被さるように枝を広げたギンモクセイが、淡い色合いの小さな花を咲かせていた。僕は、ギンモクセイの香りの中をどこまでも歩いてみたくなった。これが、僕の暮らすキャンパスが見せてくれる秋の風物詩、といってもいい。キャンパスが広がっているこの一帯が「桂子山」と呼ばれるのも、そこに由来している。

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 今日は、午後2時からの大学院3年「現代日本文化研究」のみ。レポート発表は、Gさんが担当。テーマは「損なわれた世代の発言者」で、村上春樹『ノルウェイの森』の分析がメインであった。読み込みにまだ浅さが感られたけれども、村上文学において、この作品が、一つのターニングポイントになっていることは疑うべくもない、ということはわかっているようだった。僕としては、この作品が村上春樹自身のメモワールを基礎としていること、あるいは「村上ワールド」におけるフォークロアとして読んでみる価値があること、をここであらためて示唆しておきたいと思う。…などという、わけのわからない解釈(?)をするより前に、この作品に他ならぬ僕自身が強く惹かれ続けているってことを、ここで正直に吐露しておいたほうがいいのかもしれない…(笑)。どもども。

***

 で、話はすっかり飛んでしまうけど、日本の政界では民主党連合政権発足に続いて、野党となった自民党でも新総裁に谷垣禎一氏が選出された。これから日本がどのような方向に向かうのか、鳩山民主党と谷垣自民党の双方が、しっかりとした理念と責任感を持って考えてもらいたいと思わずにはいられない。

 ということで、今日はここまで。ではでは。

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コーディネート見習のひとり言

昨日はネットの調子が悪くて、うまくアップロードできず、

やむなくコメント欄に載せておいたのですが、

今朝にはネットも回復してました。

あらためて、ここに転載させていただきます。

 近頃、気のせいか、事態の調整役というかコーディネート役に回ることが増えてきたように思う。もちろん、それが僕に適任かどうかはわからない。ただ、わからないなりに一生懸命努めさせていただいている、というのが、今のところ、僕の正直な気持ちなんですが…。

***


 今日は、久しぶりに友人のC老師から来電。用件は、ある著名作家の出版社あて手稿をword形式に「起こし」てもらいたい、というものだった。この作家、人気という点では中国では村上春樹と双璧をなすW氏である。彼の代表作のひとつは近年映画化もされているので、その名を聞けば、日本語学部の学生なら、よくご存じのはずである。この作品も含めて、彼の作品のいくつかをC老師が翻訳・出版することになったらしい。というわけで、僕は、どういう巡りあわせか、W氏の生原稿(の写し)を読ませていただくことができて、今日はちょっと幸せな気分に浸っている。…などという自慢にもならない話はさておき、とにもかくにも、C老師の名訳が一日も早く陽の目を見ることを祈っているということです。
 ちなみに、このC老師。ご自身のブログでは、村上春樹『1Q84』の部分訳も試みておられます。興味のある方は、最近の本ブログのコメント欄をご覧ください。どこかに彼のブログのアドレスが記載されておりますから。

***

 
 話は変わって、人生の進路について。ここのところ、人生の岐路に立って、自己へのチャレンジを試みたり、あるいはこれまでの自分を省みて進路修正をすべきか苦悩する若き友人が幾人かいる。そういう友人に、最善の助言をすることができるほどの優秀さを僕は持たない。ただ、願わくば、あとで悔いることのないようにベストを尽くしてほしい、という思いが僕の心にはある。「見る前に跳ぶ」か「跳ぶ前に見る」かは、それぞれの考え方によるけれど、つまるところ、跳ばねばならないときには、跳ぶしかないのだ、と僕は考えてしまう。他人事だと思って無茶な考えを…と言われればそれまでだけど、僕自身、結局はそうしてここまで生きてきたように思う。それが吉と出たのか凶と出たのか、そのご判断は皆様にお任せするしかないんですけどね…。いや、ほんとに。やれやれ。

「シェー!」…どぞ、よろしく

 間もなく国慶節休暇(秋のゴールデンウィーク)だって話はもう書いたけど、その続き。今年は10月1日から8日までの、八連休となります。それなりの大型連休ですよね、これって。もっとも僕は遠出はしないで、キャンパス内でゆっくりと過ごそうと思っています。

 この連休が終わると、このブログも、「教学研究プロジェクト版」に移行して、丸1年を迎えることになります。最初の3カ月は、授業の一環という色合いも強く、学生や院生にいろいろな形での参加を要求していました。ただ昨年末の事故をきっかけに、学生諸君への無理強いは避けて、あくまでも僕の私的メモワール(より正確にいえば「独り言」と言うべきかも…)に近いものへと変わっていったように思います。それはそれで、まったく無意味な変化ではなかったと思うのだけど、えーっと、やっぱりどこか弁解じみて聞こえるかなぁ?

 ま、それはともかく、とりあえずこんな僕が1年間何とか書き続けることができたのも、ひとえに寛大な「読み手」を演じてくださった皆様のおかげです。この場をお借りして、感謝申し上げます。…とは言っても、これで店じまいというわけではありませんので、「これからもよろしくお願いします」というセリフを付け加えてのことですけど(笑)。

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 今日は、小林信彦『現代<死語>ノート』(岩波新書、1997年)を読み返してみました。「流行り廃り」(はやりすたり)というのは、どのような分野にもあるもので、「言葉」だって例外ではありません。一時流行した言葉も、その時代が通り過ぎると、あっという間に時代遅れとなり、人々からすっかり忘れ去られることも珍しくありません。ただし、これも人によってかなり差がありそうです。僕の場合、あまり流行には頓着しないので、流行り言葉を知らなかったり、すっかり廃れた言葉を後生大事に使っていたり…ということもままあります。たとえば、先日のブログの表題で「とほほ」という言葉を使ったけれど、これも立派な(?)死語なのだそうです…。まさに、とほほ、と嘆いてしまいました、マジで。それに、今学期、学部生に紹介した「三ちゃん農業」だとか「大きいことはいいことだ」もそうだし、院生の前で思わずジェスチャーつきで演じてしまった「シェー」も、もはや僕の同世代人でなければ、その雰囲気は伝わらない…のかもしれない。これこそ、まさに「シェー!」(←つまり、驚き表現なんです、これ。)

 でも、そういう「死語」に含まれる時代感覚を知ることなしに、日本の社会や文化のオモテ・ウラをしっかり身につけることは、かなり難しいんじゃないかと、やっぱり僕は思ってしまうんですよね。

 …というわけで、時折僕が皆さんにとって「意味不明」の日本語を口走っていたら、どうか遠慮なく、「それ、どーゆー意味ですかぁ?」ってしっかり「突っ込んで」ください。どぞ、よろしく。

Take it easy…人生の岐路に立って

 一昨日は「秋分の日」で、昼の長さと夜の長さが同じになった。そして、昨日からは夜の「領分」が、日一日とのびていくことになる。要するに「秋の夜長」が始まるのだ。秋と言えば、スポーツや読書にうってつけの季節とされている。もちろん、それはあくまでも一般論。皆さんは、この季節、どんなふうに過ごしますか?

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 さて、今夜は、ちょっと人生について考えてみます。もっとも、僕のような「まっ、いっかー」的しのぎ方をしてきた者に、大それた人生論なんて語る力なんてありませんけれど。

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 誰にだって、順風満帆、充実した人生を「揺りかごから墓場まで」貫き通すことは、できないでしょう。未完成な人間である以上、ときには、あるいはしばしば人生の迷路や袋小路にはまり込んでしまうものです。僕にも、そういう経験が幾度となくありました(というか、そういう経験なら人後に落ちないかもしれません。もっともそんなこと、あまり自慢できるものでもありませんけど…笑)。

 そういう迷路や袋小路に陥った時、僕らはどんなふうにそれを乗り切っていけばいいのでしょう?たとえば、僕は仕事と大学院での研究という二足のわらじを履いていたことがあります。あるいは、事故からのリハビリと現場復帰という課題を抱えたこと(これはごく最近のことで記憶に新しいですが)だってありましたよね。

 そんなとき、二足のわらじのどちらでも100%自分の期待通りの結果が出せずに、ジレンマに陥ることがよくあります。いっそのこと、どちらかを諦め、切り捨ててしまおうか、と思い悩む瞬間だってないわけじゃありません。それに、場合によっては、その方が結果的に良いことだってあるかもしれませんね。でも、僕の場合、かなりおバカな楽天主義なのかもしれませんが、たとえわずかでも前進できるのら、「まっ、いっかー。明日は明日の風が吹くさ」と自分を鼓舞して、疾風怒濤の時期を何とかしのいできました。そういう意味では、僕はほんとに「お気楽人生」タイプなのかもしれません。

 ただ、ここでいつも僕が戒めていたのは、目先の利益とか評価に左右されてしまうことでした。むしろ、もっと大切なのは、いつかたどり着く僕の人生の終着点にとって、何が今必要なのか、という思いでした。たとえ今は低い評価しかしかもらえなくても、長い目で見れば、それが人生の肥しになるのかもしれない…そういうことは少なからずあるものです。つまり、そんなしんどい時期に、自分というものを信じて辛抱できるかどうか…人生に岐路において試されるのは、そういうところなのかもしれません。

 そう言っている僕自身が、今、そういう人生の岐路に立っているような気がします、秋風に身をさらして、澄み切った青い空を仰ぎながら。こんな時、ひとつ大きく深呼吸をして、僕はこうつぶやくのです…

 Take it easy! Tomorrow is another day! 

(まっ、いいかー。明日は明日の風が吹くものさ。)

懐かしい人からの便り

 ここのところ、懐かしい方々から相次いでメールをいただいている。

 まずは、上海で働いているS君。前任校のQ大学に語学留学したのち、上海で物流系の企業に就職した。働き始めてもう何年にもなるS君には、僕がたまたま上海に立ち寄り、時間の空いた時には、一緒に食事したりもしていた。その彼が、年内に辞職して、日本に完全帰国する、という。事情はいろいろあるようだけど、考えに考えた結論なのだろうから、それもまたよし、と温かく声をかけたい気分になった。

 もう1件は、現在四川省の外語学院に勤務しておられるF老師。今年の国慶節には、また武漢に来られるとのこと。桂園賓館に予約を入れておいてほしいとの依頼メールだった。F老師のことについては、以前もこのブログで紹介させてもらったことがあるけど、すでに喜寿を迎えておられるのに、悠然矍鑠としたそのお姿は、まさに敬服の一語に尽きる。僕も、できることならF老師のように、健康でいるうちは、たとえ何歳になっても、中国の大地を自分の両足でしっかりと踏みしめて、仕事に励みたいと思う、本心で。

 つまり、人にはそれぞれ自分に見合った道があって、時には惑いながら、けれど肝心な時には、信念を持って次の一歩を踏み出して行けばいい。そこに後悔の入り込む余地はない。今、自分の進路について迷っている学部生諸君にも、そういう信念をしっかりと養って卒業していってほしいな、と考えている僕なのである。

 いずれにしても、今年の国慶節、僕は幾人かの懐かしい顔に再会できることを、心待ちにしているというわけです。みなさんは、どのようにしてお過ごしになるのでしょうか?あとでそのお話を聞かせていただけると嬉しいな。ではでは。

とほほ、の夜…

 今日のブログを書き終えてアップロードしようと思ったら、いつの間にかネット接続が遮断されていたために、書いた文章がそっくり消滅してしまった。何という痛恨事…(泣)。

 もう一度書きなおす余力は、今の僕にはない。…というわけで、今日のブログ更新は、断念するほかない。

 また明日、お目にかかりましょう~とほほ。

「敬老の日」に日本政治学入門?

 今日は、日本では「敬老の日」にあたり、休日。シルバーウィークの中日(なかび)でもあり、秋の行楽シーズンの真っただ中なんでしょうね。

 だから、というわけでもないだろうけど、今日は院生5人が夕食に誘ってくれました。大学東門から歩いて5分ほどのところにある「風波庄」という店で、辛めの料理を避けて注文してくれたので、どの皿もおいしくいただきました。誘ってくれた院生の皆さん、どうもありがとう。…と感謝しながらも、「あれぇ、ひょっとして僕はみんなからしっかり高齢者扱いされてるってことか?ん?」という疑念が脳裏を微かに過(よぎ)ったのでありました。そう思うと、秋の夜風が身に沁みたりして…いや、冗談です。まずは、感謝感謝。

 ***

 ところで、先日コメントで質問をいただきました。日本の政権交代劇を見ているうちに気になったのが、ニュースなどで「政治家主導の政治」と「官僚主導の政治」という言葉が頻繁に出てきたらしく、「両者はどう違うのか?」という質問でした。

 さて、日本の政治は国民の代表である国会議員が政党別に数を競い、最大勢力となった政党が与党となって政府を構成します。現在は、民主党であり、それと連立を組んだ社民党・国民新党も与党ですね。彼らが、さまざまな政策を一から考えて、各省庁に執行を命じていくとすれば「政治家主導の政治」となります。しかし実際は、各行政部門のエキスパート(専門家)としての公務員(いわゆる「官僚」)で構成される各省庁がさまざまな施策を立案・執行していて、政治家は名目上「大臣」として各省庁のトップに座っているに過ぎない、とも言われています。もし、そのとおりだとしたら、これは「官僚主導の政治」ということになります。どちらの方が、国民にとってよい政治であるのか、それは一概には言えません。むしろ、政治家と官僚がきちんとバランスをとって、国民への奉仕という観点から、誠意をもって政治に取り組んでくれることを、僕は望んでいます。そして、ここでいう「政治家」というのは、たんに与党所属議員だけではありません。野党議員も建設的意見を述べ、与党へのチェック機能をしっかりと果たすことも、とても大切であることは言うまでもありません。

 余談ながら、日本の政治システムは中国のそれとは、まったく違っています。その違いは、それぞれの国情や歴史過程に由来してますが、そのことをしっかりと認識して、お互いに学びあう姿勢を大切にしてほしいものですね。

 以上、何となくマジメな話になってしまいました。どうかご容赦のほどを(笑)。

ふるさとのお話

 今週に入って、新三年生の中にも少しずつこのブログを読んでくれる方が増えてきたようです。読むだけでなく、わざわざコメントを残してくれる学生もいます。どうもありがとう。ところで、コメントの中には「質問があります。教えてください!」というものもありますから、それには僕にわかる範囲で追々お答えしていきたいと思っています。それまで、ちょっとの間待っていてくださいね。

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 さて、今日ネットのニュース記事を読んでいたところ、僕の故郷・山口の話に目がとまりました。7月1日現在での基準地価についての話題です。わかりやすく言えば、今、山口の土地の値段が大体いくらするかってことです。山口県は本州の西端に位置しますが、早い話が「田舎」、なんです。だから、というわけでもないのでしょうが、住宅用地も商業用地もここ十数年価格が下落し続けています。しかし特に今年はその下落幅が大きかった、と記事は述べています。

 県庁所在地別でみると、僕の出身地である山口市は、全国47都道府県で47位、つまり最下位(しかも3年連続)です。もちろん、地価が安いからと言って、山口市が暮らしにくい街No1であるとはかぎりません。静かで落ち着いた町並みは豊かな自然環境と調和していて、そんな故郷・山口を僕はいつも誇りに思っているほどです。おそらく故郷への愛着と誇りは、誰もがしっかりと胸に抱いているに違いありません。そうですよね?そういう意味では、山口には山口の良さがあり、東京には東京の、北京には北京の、青島には青島の、そして武漢には武漢の素晴らしさがあるものです。当たり前と言えば当たり前すぎることかもしれませんが、それを素直に受け止める心のゆとりを忘れずに「現在」を生きていきたいな、と思う僕です。

***

 ところで、日本ではもう「シルバー・ウィーク」に突入。この土日から来週水曜日までの間、連休が続くことから、その名がついたようです。中国でも、間もなく国慶節・中秋節を含む秋のゴールデン・ウィークが控えていますね。皆さんは、この休暇をどのようにお過ごしになりますか?僕は、僕らしく、遠出することもなく、のんびりとキャンパスを散歩しながら空行く雲をのんびりと眺めて過ごすつもりです。ではでは。

物思う秋ゆえに…

 仕事への完全復帰に入ってようやく2週間が過ぎようとしている。

 出力80%で無理のない生活を、と考えてスタートを切ったものの、今の自分の状態をみると、あまり余裕がなさそうにも思えてくるなぁ。仕事の量は、去年とさほど変わらないから、決して無理はしていない。ただ、規則正しい生活の中で、きちんと炊事、洗濯、掃除もこなしていこうとすると、それ以外のことにかかわる余力は案外残っていない。そのことに、自分でもちょっと驚いてしまう…やれやれ。

 まだ、軽い運動(たとえばジョギング)も再開していないし、キャンパス内の季節の移ろいに心を泳がせて写真を撮るなんて気分にもなれずにいる、というのが僕の偽らざる状況なのである。ま、こんなときに焦ってはいけないのだ、とわかってはいるけれど、やっぱり自分の尻を叩いて励ましたくもなる。う~む。何となく自分が歯がゆい。

 こんな時、僕の中で、もう一人の「僕」が自分に向かって、こう語りかける:「焦ることはないんだよ。今はまだゆっくり着実に、自分を見失わずに歩け」と。そう、そのとおりだ。僕もそう思うよ。僕は自分の影に向かって、ゆっくりと頷く。こんな深夜の心象風景を、僕はいつか笑いながら懐かしさをもって思い出すことができるだろうか。その日のために、明日も僕はゆっくりと次の一歩を踏み出したいと思う。

 学生の前では、けっこう寒いギャグを連発しながらも(…いつもすみませんね)、内心ではそれなりにシリアスになっている僕だったりするのだ、物思う秋ゆえに…(笑)。

たまにはマジな話をしたりして…お?

 日本の新たな首相に鳩山由起夫(民主)が選ばれ、閣僚も発表されました。社民党・国民新党からも入閣し、民主党を中心とする3党連合政権が誕生したわけです。旧与党であった自民党や公明党は野党に。さらに建設的野党の立場を標榜する日本共産党を一つの軸と考えれば、これからの日本の政治は3つの軸のせめぎあいによって展開していくことになりそうです。少なくとも、かつての55年体制や官僚政治からの脱却、という点ばかりに気を取られていてはいけないと僕は考えています(いつも学生の皆さんに語り続けていることですけど…)。真の意味で住民一人一人が暮らしやすさを実感できる社会を、きちんと住民の目線で考えていくこと、近隣諸国と互恵的で調和のとれた国際社会を作り上げていくこと…今の日本が抱えている問題は、けっして容易なものではありません。中国で学生たちに囲まれた環境にいる僕としては、日中関係の行く末が、やはりとても気になります。日中間の相互理解と互恵的発展のために、僕のできることは、ほんのささやかなことに過ぎないかもしれないけれど、それでも僕なりに微力を尽くしていきたいと願わずにはいられません。それが、今日の僕の気持ちです。

 …しかし、政治の話題になると、どうしても僕の書く文章は、堅苦しくなってしまいがちですね。「ま、確かにねー」という声があちこちから聞こえてきそうですが(笑)、どうかご容赦のほどを。

***

 (閑話休題)

***

 今年卒業した院生、学部生のうち、何人かは日本の大学院に留学することになっています。今日は、大阪のK大学大学院に入学するQ君から、電話で連絡がありました。

 「先生、無事日本に着きました。やっぱり日本ってきれいですね。びっくりしました。うちのアパートはお風呂がついているんですけど、さっそく入ってみました、30分くらい。」

 日本文化を自分の肌身で感じることができるのは、やはり大切な経験だと僕は思います。本当の意味での学問は、必ずしも大学(院)という「象牙の塔」の中にだけあるものではありません。普段の生活の中に、かけがえのない「導きの糸」は潜んでいるものです。そのことを肝に銘じて、日本での留学生活を実りあるものにしてほしいと思います。と、同時に、同じ言葉を本学に在学中の学生諸君にも僕は伝えていきたいのです。大切な勉強の場は、教室だけではない、ということを。自ら問題を発見して、その解決法を探る…という自発的な研究姿勢を確立することが、大学で学びとる最も大切な事柄なのですから。

 というわけで、今日はマジメな話に終始してしまいました。ははは、ま、僕だって、たまにはそんな気分の時もあるってことなんですねー。どもども。

「書く」という営みについて?

 「書く」という営みについて。

 毎日(とまでは言えないにしても、ほぼそれに近い形で)、こうしてパソコンに向かって、僕は何かを書こうとしている。自然と指先がキーボードを叩いて文章が画面上に刻みこまれていくこともあるし、全然と言っていいほど書くべき最初の言葉が出てこないこともある。今日も、書きたいと思っていることはあれこれとあったはずなんだけれど、いざ椅子に座ってパソコンと向き合ってみると、何かを書こうとする気分が盛り上がってこないで、思わず頭を掻いてしまった。

 そうしてしばらく画面をぼんやりと見つめたあとで、キッチンへ行って冷蔵庫から冷たいブドウを取り出して、さっと水洗いしてもぐもぐと食べる。そしてまたパソコンの前に…。それでも気分は乗ってこない。う~む。今度は、コーヒーを淹れてまた画面とにらめっこ。それでも言葉は出てこない。やれやれ、僕は今日いったい何を書きたかったんだろう。カップに残ったほんのわずかなコーヒーを飲み干すと、僕はまたポリポリと頭を掻く。気がつくと、僕はまるで落ちつきもなくして、部屋のあちこちを歩きまわっては、また机の前に戻ってくる、そんな動作の繰り返し。まるで動物園の猿。ついでに体重計に乗って重さを量ってみたりして…。

 つまり「書く」という営みは、それなりにかなりナイーブな作業なのかもしれない、ということなのだ。書きたいという思いと話題があって、気分も体調も、それにぴったりと合わせて盛り上がってこなければ、いくらうろうろと歩きまわって頭を掻いてみても、どうにもならないことだってあるんだよね、確かに。

 そいうことって、「書く」という作業だけでなく、他のいろいろなことにも言えるような気もする、たぶん。こんな時は、書くのをあきらめて、さっさとシャワーを浴びて、ベッドにもぐりこむ方が、よっぼど利口なのかもしれない…。

 そんなふうに感じることって、あなたにも、ありませんか?

(とか何とか言いながら、結局、取るに足りない言い訳だけで、それなりの分量を書いてしまった。「ま、いいかー」と呟きながら、僕はもうすっかりシャワーに向かう気分になってるんだよね、これが。)

週末モノローグ

 過ぎ去って行った時間を振り返ってみると、今日という1日は掛け値なしで「完全休養日」と呼ぶほかない。どこからも電話はかかってこなかったし、メールも届かなかった。近くの店までミネラルウォーターと蜜柑を買いに行ったほかは、外に出かけることもしなかった。要するに、時の過ぎ行くままに身を任せる1日だった。おかげで、疲れはためないですんだわけだし、ま、そんな週末の過ごし方もたまにはいいかな、とついつい言い訳めいた思いにとらわれる深夜の僕です。

***

 武漢特有の夏の暑さはもう姿を消して、こうして窓を開けてブログの更新をしていると、初秋の夜風が部屋に忍び込んでくる。風の流れに乗って、虫の音が心地よく響く。「目にはさやかに見えねども 風の音にぞ驚かれぬる」という名歌がふっと脳裏によみがえるのは、こんな瞬間だ。

***

 ところで、季節が変化するように、この世のあらゆるものもまた常に移ろい変わってゆくかのようだ。だけど、そうした変化の中で、なおも「変わらない」ものが―たとえ目には見えなくとも―あると僕は思う。それが何なのか、うまく言葉で表現することはできない(表現できなくはないけれど、それはきっとありきたりの言葉になってしまうにちがいない)にせよ、僕は、その「変わらない」ものを、これからもしっかりと抱きとめて生きていきたい、と思うのである。何ともあいまいな言い方だけど、僕の言わんとすることをほんの僅かでも理解してくださる方がいたら、それはきっと幸せなことに違いない。ま、その可能性は、ゴビ砂漠に落とした1個の鍵を探し出すほどの確率に近いのかもしれないけど…ぶつぶつ。(←どうでもいいことかもしれないけど、最近の僕はこういうつぶやきがちょっと多くなったような気が、するな。う~む。)

***

 明日は天気に恵まれたら、朝のうちに洗濯をして、ちょっとのんびりキャンパス内を散歩してみよう。気分がすっきりしたら、おいしいものを食べて、午後からは積み重ねてあるお仕事をせっせと処理してみるつもりです。さてさて、現実や如何に?

 

新学期第1週 やっと終了

 一昨日の話の続きになりますが、ようやく新学期1週間目の授業がひと通り終わりました。もっとも、今週は本科生の授業だけで、大学院の授業は来週から。つまり本格的な仕事復帰は週明けからということになるわけです。

 さて、まずは感想から。ひと言でいえば、「結構疲れましたー」。大教室で50人近い学生を前に講義をするのは9か月ぶり。それなりに張りのある声で1コマ(40分×2)しゃべり続けるのは、のどと腹筋をかなり酷使します。1日の授業を終えて宿舎に戻ると、どっと体全体に疲れがたまってるのを感じてしまいました。ははは、ちょっと弱気のセリフに聞こえたら、ごめんなさい。たぶん、2、3週間授業を続けていくうちに、体が今学期のスケジュールに自然と馴染んでいくと思いますますから、ご心配なく。今学期、決して無理はしません…きっと。

 明日と明後日は、当然、休養日となるはずでしたが、いくつかやらなければならない作業があるので(もっとも体力を消費するような仕事ではないので、休養日と言えば休養日なんですけどね)、マイペースのカメさんよろしくがんばってみます。

 ところで、ちょっと話は変わりますが、夜11時頃、メッセンジャーで「お久しぶりです。お元気ですか」と話しかけられました。相手は、今年、大学院に進学したばかりの院生。国際関係を専攻するとのこと。僕の専門分野にも近いので、すっかり長話をしてしまい(僕の性格を知ってる方なら、想像できると思うけど…)、話し終わったのは午前0時20分。いくらなんでも、ちょっと長すぎたね。夜更かしは肌の大敵。反省、反省。

 というわけで、今日はこれを書き終えたら、さっとシャワーを浴びて、すぐに眠りにつくつもりです。どうか、みなさんもよい夢を。

僕はカメ。ウサギに非ず。

 新学期の授業が始まって2日目。昨日は、本科4年の「上級日本語3」、同3年の「作文(文章作成技法)」の2コマ、今日は大学院2年「現代日本社会研究」の1コマ。いずれも、オリエンテーションのみで、本格的な講義は行わないで終わった。

 大学院の授業は先学期もカリキュラムどおり行ってはいたのだけど、学部本科生の授業は完全休講だった。そのため、9か月ぶりの授業再開、ということで、僕なりにプレッシャーのかかる開講となった。半年を超えるブランクは、結構きつい。もっとも、どこがどんなふうにきついのか、と問われても、うまくは答えられないのだけど…。たぶん、スポーツをやっていた人が半年休養して、久しぶりに運動を再開したときに感じるギャップに似ている、のかもしれない。それでも、少しずつ頭と体を馴らしていけば、いずれは元通りになるさ、と楽観的に考えておこうと思う。もちろん、復活のための努力は惜しまない、という条件は欠かせないけれどね。

 それにしても気をつけなければいけないのは、がんばりすぎてしまうこと。去年と同じ事故に遭わないためにも、出力は80%に抑えておきたいっ!…あ、でもこれは、決して「怠ける」という意味ではないですからね。いや、マジで。要するに、居眠り上手のウサギより、じっくり着実前進のカメさんでありたい、というだけのことです。…とは言いながら、てきぱきと仕上げなければいけない仕事がたまってしまっている今の状況をどう乗り切るか、実はそのことで頭を抱えていたりもします。う~む。やっぱり、明日からカメのようにヨイショ、ヨイショと健気に前進するしかないんだろうな。やれやれ。

 というわけで、とりあえず僕の再出発は無難にはじまった、ということにしておきます(笑)。

遠方より便りあり、また楽しからずや

 今日は夕食に誘われているので、出かける前にブログを更新しておくことにした。食事に誘ってくれたのは、残念なことに、うちの学部主任であるL老師。決して、西施や虞美人の如き傾城の美女ではありません。いえいえ、嘘でもごまかしでもなく本当です…(ははは、L主任、つまらぬ冗談でごめんなさい)。

 さて、ここ2、3日、立て続けにメッセンジャーで卒業生から声をかけられています。L君もそのうちの一人。L君というのは、僕の前任校の卒業生で、日本の大学院に進学し、今年卒業と同時に日本企業に無事就職を果たした、将来を期待されている若者です。付け加えるなら、客家人であることを誇りにしている点にも、彼のまっすぐとおおらかな性格を見てとることができます。で、そのL君、社命で今週末から中国に出張することになった、と言う。出張先は蘇州。話を聞いた瞬間、当然のことながら、「ああ、会いに行きたいな」と僕は思ってしまう。う~ん、秋の蘇州。その昔ながらの町並みが残る路地をゆっくりと歩き、疲れたら市場で買った果物をかじりながら、目の前を通り過ぎて行く人を道端からぼんやりと眺めているのもいい。あるいは、茶房に入り、淹れたての中国茶を飲みながら、風景の中に自然と溶け込んでいく自分を再発見してみるのもいい。知らず知らずのうちに、僕はそんな誘惑にかられしまうのです。しかし、というか、まあ、その日を楽しみに待つためにもですね、まずは明日からの仕事をしっかりとこなしていかないといけないな、といかにもお行儀のよい姿勢を見せてしまうのが僕の僕らしいところなのである(笑)。

 というわけで、今学期の僕の担当科目ですが、本科生3年「文章作成技法」「ニュース・リテラシー」、同4年「上級日本語3」「日本の社会と文化」、大学院では1年「日本社会論」、同2年「現代日本社会研究」「日本社会文化史」、同3年「現代日本文化研究」、とそれなりに盛りだくさんです。講義スタイルは、たぶん相変わらず…かもしれませんが、どうぞよろしく。 …あ、そろそろ出かける準備しなくちゃ。ではでは。

僕がTOKYO大好き少年だった頃…

 古い話だけど、僕は大学に入学したのをきっかけに10年間東京で暮らした。まず、僕が上京して目白の高台にある「何となく胡散臭い」学生寮(これがどんな寮であったのかお知りになりたい方は、村上春樹『ノルウェイの森』をご一読ください…ある程度想像できると思います。)に入ったのは、1978年4月のことだった。本当にカビの匂いでもしそうなほど古い話だ、と僕も思う。その頃の学生たちは携帯電話なんて持っていなかったし、パソコンなんて言葉も知らなかった。だからといってこん棒を振り回してマンモスを追いかけていたっていうわけでもないけど。ま、冗談はさておき、高度経済成長が終焉を迎え、しばしの混迷期を経て、日本経済は安定成長期に移行しはじめていた頃の話です。それは、ある意味で、のどかな時代だった。もちろんそれは、世間のことなんてろくすっぽ知らない田舎育ちの僕の、いかにも楽観的な社会イメージでしかなかったのかもしれないけど…。

 ところで、僕が品行方正で成績優秀な学生であったかと問われれば、僕は120%の自信を持ってNoと答える。そもそも僕は、何が品行方正で、どれだけの成績が優秀と言えるのか、はっきりとした基準など持ち合わせてはいなかった。たとえば…僕は、本当に気に入った授業以外出るきはさらさらなかった。だから、僕を探そうとすれば、教室内をきょろきょろ見回すよりは、僕の行きつけの喫茶店Kか、A書店あるいは古書も扱うM書店を覗いてみた方が、見つかる可能性は飛躍的に上がったはずだ。

 つまり、学生時代の僕にとって、教室よりも、ぎっしりと本で埋まった書店や、買い込んだ本を抱えて居座り、コーヒーをすすりながら新刊書のページをめくることの方に、学ぶべきものがたくさんあったのだ。そういうわけで、当時の大学の先生方にしてみれば、僕なんて、不良学生以外の何物でもなかったような気がする、…たぶんね。だからといって、今、僕の学生たちに同じことをやれ!と煽り立てるつもりはありません。社会の良識にあえて背を向けるのなら、それ相応のしっぺ返しをきちんと受け止めなければならないことになるからです。少なくとも、他人に煽られて気ままな生活を送るような態度では、あとあとの苦難にひとりで立ち向かうことは、たぶん、できない話だと思わざるを得ないから。僕が受けたしっぺ返しもかなりきついものだった。その話は、また別に機会に譲りますけど(笑)。

 東京に住んでいて、僕がいちばん気に入っていたのは、とにかく本屋の数と本の量が多いことだった。第一に、僕の通っていた大学の近くには、世界有数の古書街・神田神保町が鎮座していた。それに、雰囲気のいい喫茶店が、ちょっと歩きまわると見つけることができたことも、僕を東京好きにさせていた。要するに、授業をさぼって、本屋を彷徨い、オアシスを求めるように喫茶店の隅で本を読みながら時間を過ごすのが、僕の「学生生活」だった、ということです。さて、今日の話から、何か教訓が導き出せるのか、それは僕にもわからない。う~む。

教訓なきコーヒーの話

 前にもどこかで似たようなことを書いたような気がするけど、今日はコーヒーについて思いつくままに書き散らかしてみようかな。コーヒー嫌いの方がいらっしゃったら、どうぞお構いなく読み飛ばしてください…(笑)。

 えーっと、まず何から話そうかな…。

 「コーヒーは…」 う~む。最初っから考え込んでもしょうがないよね、はは。

 そう、コーヒーは、僕にとってなくてはならない存在だった。少なくとも、コーヒー豆を手放せなくなって、もう20年以上になるほどだ。思い返してみれば、目覚めの一杯に始まって睡眠前の一杯に至るまで、僕の一日の要所には必ずと言っていいくらいコーヒーアロマの香りが広がっていた。平均すれば一日に7、8杯はコーヒーを飲む、というのが僕の生活のありふれた状況だった、と言っても全然大袈裟ではない。かと言って、自慢できる話でもないけれど、たぶん。

 ところで、僕は中国での生活を始めて8年目を迎えたんだけど、中国に着いて(その時は、武漢ではなくて青島だった、山東省の。)最初に参ったのが、コーヒーショップも数えるほどしかなく、味も今一つだったこと。それなら自分でコーヒーを淹れて飲もうか、とスーパーのコーヒー豆の棚を探したら、あるにはあったけど、UCCのコーヒー豆400gパックが120元もした。それ以来、僕は日本からコーヒー豆をせっせと取り寄せて生きてきたってわけです。実際、今僕の宿舎には400g入りのコーヒー豆パックが7袋備蓄(?)されています。これまでの僕のペースだと2カ月分に相当します。

 ところが、今年に入って、事情がかなり変化してしまった。なぜか急に、コーヒーを飲みたいという気分にならなくなってきたんですね。しかもコーヒー中毒の禁断症状なんてものがあるのかどうかわからないけど、それさえ感じないまま、最近では、3日に1杯のコーヒーで足りるようになってしまったんです。一体どういうわけなんだろう。自分でも原因はよくわからない、いまだに…。とは言いながらも、実は今、3日ぶりのコーヒーアロマに包まれながら、ビアードパパのシュークリームにパクついては、キーボードを叩いてるっていうのが、僕の姿なんですけどね。ははは。う~む。教訓も何もない結末で、申し訳ありません。

変化する日本語、あるいは僕?

 中国に戻ってくると、僕が新たに受け取る情報というものは、ほとんどインターネット経由となる(日本にいるときの情報源と言えば、もう圧倒的に「新聞」なんだけど…)。今日は、そのインターネット上で、日本語についての記事を拾い読みした。内容は、文化庁による国語世論調査の結果についてだったんだけど、「破天荒」「敷居が高い」「手をこまねく」などの意味を誤解している人が増えているというのである。う~む。

 言葉というのは、生き物と同じで変化していく性質を持っている。その意味で、言葉もまた社会的な生き物なのだと僕は思う。それにしても、最近の日本語の「揺れ」というか「ブレ」には、思わず頭を抱えてしまいそうになる。

 そんなふうに、特に最近僕が感じるのは、決して(いや、「たぶん」、あるいは「おそらく」…)年のせいだけではないんじゃなかろうか?去年末の事故以来、僕は誰か他の人とコミュニケーションをとることがかなり億劫になったり、コミュニケーションをとる時間も削られてしまっていたって事情もあるけれど…。それでも夏休み、日本に帰って、久しぶりにTVを視ていても、そこで使われている日本語や雰囲気についていけないものを感じ続けてしまったのだ。僕はたいていNHKしか視ない。それでも、番組で使われている日本語会話は、どこかしらテンションが高く、やたらとキャーキャーと叫ぶように聴こえて仕方なかったし、話している人の生の言葉ではないような、どことなく薄ら寒い気持ちにさせられてしまった…。さてさて、これって、日本語が変化をしているのか、受け手としての僕が事故の後遺症のごとく、どこかしら故障をしてしまっているのか…今の僕には、判断はできない。

 いずれにしても、僕には僕なりのあるべき「日本語」の姿とでもいうべきものがあって、それを梃子として、日本の文化や社会について、中国で学生に語りかけ、問いかけ続けたいと思っています。来週から、講義再開ですから、事前にそのことは伝えておきたいと思ってしまった今日の僕です。

明日こそ元気はつらつ

 まずは、昨日の話の続きですみません。実は、今日もおなかの調子が今一つ。それでも、ま、それなりに回復基調にはあるので、明日あたり、「ん?おなか?何それ?」って感じで、きっとピンピン跳ねまわっていることでしょう。

 ところで、今日からいよいよ新学期スタート。もっとも、これは行政職(日本語でいえば「事務方」のことです)の話で、僕たち教員は6日午前の学院会議からが事実上のスタートとなります。僕の場合、授業は火曜日の「高級日語3」(4年生配当課目)から、となっていますので、ちょっと早めのあいさつで恐縮ですが、「よろしくね。」それでも、今朝は8時に3号楼(外国語学院)に顔を出して、ささやかな「やる気」だけはチラチラ見せてきました(笑)…これでおなかの調子さえ万全なら、完璧だったんだけどなぁ…ま、そこがいかにも僕らしいところと言えるかもしれませんけど…ぶつぶつ。 

 午前9時半にいったん帰宅して、何をしたかと言うと…ベッドにもぐりこんで休養。昼はキッチンで残り物をかき集めて、簡単な昼食。食後のお茶を飲みながら、eメールのチェックをしていたら、衆議院選挙で無事再選されたK氏からメールが入っていた。K氏は小選挙区では惜敗したものの、比例区で復活当選。僕としては、もしこの人がいなかったら「建設的野党」のきらめきに陰りが生じてしまうかもしれない、と思っていたので、K氏の当選は我がことのようにうれしかったのです。ってことで、30日深夜に「祝・当選!」メールをお送りしておいたのですが、今日のメールはそれに対するお返事でした。わざわざお返事くださり、ありがとうございました。

 夕方は、院生2人、学部生1人に誘われて、南門近くで夕食。こうして誘ってもらうと、一人ではなかなか食の進まない時でも、案外食事がのどに通るものなんですね。3人にも感謝、感謝。

 さて、元気はつらつの明日のために、今日は(正確には「も」のような気も…)早めにベッドにもぐりこむことにします。ではでは。

おなかがお酒に負けた日…。

 今日は一日休養日…。ベッドかトイレのどちらかで過ごす時間が大半を占めてしまった。おなかを壊してしまったんです、早い話が。

 昨日の夕方、誘われて東門そばのレストランで食事会。「食事会」とは言っても、集まるメンバーからして「飲み会」になるのはかなりはっきりと予想できたことでした。しかも、飲むのはビールやワインといった軽いヤツではないのも明らかで、アルコール度数50度以上の白酒をストレートで、といった塩梅。ははは、これっておなかに応えるんですよね、かなりきつく。というわけで、今日は午前中からトイレを占拠すること、たびたび…。ある意味、単純な二日酔いの方がもっと気分的には楽だったかもしれない。いや、いくら何でも、そんなことはないか…ぶつぶつ。

 それでも、昼ご飯は、Wさんに誘われて外食に。行先は群光広場7階。おなかと相談しつつ、ピータンと豚肉のお粥、中華風冷や奴、とさっぱりあっさり系にしてみました…。これじゃまるっきり病人食みたいだなぁ、と我ながら、とほほ…な気分になってしまいました。その分、夕食はちょっと頑張って、肉野菜炒めを作って栄養補給。

 夜9時、院生のWさんが、貸してあげてた大型スーツケースをヨイショヨイショと運んできてくれた。そのついでに、と「茶筅、お借りできますか?」 日本で抹茶を買ったのはいいけれど、お茶をたてる茶筅がないと言う。茶筅と抹茶用の茶わんを貸してあげる。でも、お茶の立て方、わかるのかなあ…ちょっと心配だったりして。

 う~ん。それはともかくとして、この時間になっても、おなかはまだはっきりしないなぁ。やれやれ。ここはひとつ、早めにお風呂に入って、ぐっすり眠ってしまおう。休養に勝る薬はない、はずだから。

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一石亭華中

Author:一石亭華中
ようこそ、本ブログページへ。
一石亭は中国在住8年目を
迎えました。
でも中国語はまだ初歩の初歩。
趣味は「お仕事」と散歩、それに写真撮影。
あ、それからお昼寝も…趣味のうち、かも…。

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凹んだとき、元気がでないとき、僕を支えてくれ、力づけてくれるウタを週替わりで紹介します。ちょっと古い歌が多いかも…ですが。今週も「ちょっと切ない歌」を。

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