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文庫本を手に 飽かず眺むる 夏の空

 ブログ更新を2日間サボってしまいました…。

 まずは、脳外科での診査ですけど、たいした変化はないということで、これまでもらっていた薬を引き続き飲めばよいとのこと。薬の副作用で、ちょっと頭がボーっとするかもしれませんが、性格的にもともとぼんやりしてる僕のことですから、ま、いいかーって感じですね。つまり、あまり心配はいらないってことらしいです、はい。

 ところで今日は、大学で、人文系のS教授にご挨拶。院生5人と一緒に、教授の研究室を訪問させていただきました。30分ほどでしたが、近現代文学にかかわるお話、新潟での過ごし方について、わかりやすく、楽しいお話を聞かせていただきました。お忙しい中わざわざ時間を割いてくださったS教授に、心から感謝。

 で、話は跳んでしまいますけど…、大学に行かないとき、僕はたいてい自宅で本を読んで過ごしています。相も変わらず司馬遼太郎の世界にどっぷりつかってますけれど。今読んでいるのは『坂の上の雲』…その第5巻目あたり。読めるときに読めるだけの本を読んでおく。これも、ある意味お仕事のうち、なんですよね。読んだことが、直ちに学生たちへの「知」の贈り物にできるかどうかは、やや問題ですけど…ま、この点はあまり期待しないでくださいね(笑)。

 体調はともかく、少なくとも気分は落ち込まないように、時々空をぼんやり眺めて、文庫本と一緒に、毎日を過ごしていますからね。ははは、ではでは。

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プラス思考を失わずに生きる

 7月も、あと数日を残すばかりとなりましたが、梅雨明けの気配はまだ感じられません。世の中には「梅雨末の大雨」という言葉があるそうですが、現に、僕の故郷山口や九州北部では、集中豪雨が続き、目を覆いたくなるような被害が出ています。今の僕としては、現地の、一日も早い復旧を祈るばかりです。

 ところで、明日(というか、正確にはもう今日ですが)、久しぶりの検査を受けに病院に行ってきます。3月以来なので4ヶ月ぶりの検査、ということになりますが。前回と同じように、脳外科でまたCT検査を受けることになるんでしょうね…。事故から、もう半年以上を経ているので、ダメージからはすっかり回復してくれているといいのですが。でもこればかりは、素人判断の域を超えているので、専門家によるそれを待つよりほかないのですけどね。ま、どんな診断が下されるにせよ、僕は今の僕を受け入れるしかないし、今の僕にできること(それがたとえどんなに小さいものであっても)を着実に行っていけるように最善を尽くすつもりでいます。もっとも、どこまでできるのか、という不安は尽きないのですが…。いやいや、たとえどんなぬかるみが待っていても、少なくともプラス思考を崩さずに、これからの道を歩いていきますので、どうぞよろしくお願いします。

 低く垂れ込めた雲に覆われていても、その上には澄みきった紺碧の空が、いつも僕たちをやさしく包み込んでいることを忘れずに生きて生きたい、そんなふうに僕は人生をとらえています。

静かに時を待つ

何となくね、

今日も、うまく言葉をまとめることができない気がする。

こういうときは、おとなしくしているにかぎる…のかもしれない。

要するに、今の僕はただ、静かに時を待つだけ。

 ということで、また明日。

雄弁も銀が関の山…か

 書くべきことがないわけではない。語るべきことがないわけでもない。それでも、それをうまく言葉に置き換えることができない時がある。そんな時、苛立ちに任せてそのナニモノかを書き記そうとすればするほど、それは僕の真意から徐々に後退(ずさ)り、色を失ってゆく…にちがいない。というわけで、今夜は僕の身辺にわだかまっているモノについて、あえてここには書き留めないことに…しよう。ははは、つまるところ今日の僕にとって、どんな雄弁も、せいぜい「銀」の煌きにしかならないってことだ。

 そんな気分の夜って、誰にでもあるよね、きっと。

今日という日のために…祈る

 う~ん、今日は何も建設的なこともしないで一日が過ぎていってしまった。もう反省しきり。でも、明日は大学へ。ご挨拶を兼ねて、S教授の講演を拝聴させていただくことになっている。

 時間を無駄にしてはいけない、と頭ではわかっていても、気持ちと体がうまくかみ合わない。もう、その苛立たしさに追い詰められる生活とは、さよならをしなくちゃね。そのためにも、まずは自分の足で動くこと。そして、しっかりと考えること。とにかく、この夏は僕らしさを再生することが最大の目標なのである…あくまでも、これは個人的な目標ではあるけれどさ。

 というわけで、君のこの夏の目標は何ですか?その目標に一歩一歩近づいていけることを、僕も心の中で一緒に祈っているからね。一緒にがんばろう。

安心して暮らせる社会って…

 今日は朝10時にN大学へ。所用があってY理事にお願い事をする。そのあとで、院生のXさんに「お昼、いっしょにいかが?」とケータイ・メールを送る。それでも昼まで少し間があったので、大学生協書籍部つまり学内の本屋さんで時間をつぶす。昼ごはんはXさんたち5人と一緒に第2食堂で。お腹を満たしたあと、すぐに図書館に戻って文献検索を続けるのかと思ったら、「海に行きましょう」と誘われてしまった。ま、今日もいい天気だし、間近で日本海を見たこともない彼女たちのこと、これも一つの勉強か笑)…ということで、食後の散歩を兼ねて浜辺へ。どこまでも一直線に広がる青い日本海、打ち寄せる白い波しぶきに歓声を上げて、パシャパシャと記念撮影を楽しむ5人…。やれやれ。僕は僕ですっかり日に焼けてしまった。ま、確かに楽しかったけどさ。ただ、帰りの新幹線ではウトウトしてしまって、危うく乗り過ごしてしまうところだった。

 ところで、ここ数日間のTVニュースを見ていて気になったこと。ひとつは、大雪山系登山ツアーの遭難事故。参加者の多くは60歳以上の高齢者。装備も不十分で、ほとんど観光旅行気分のまま、2000m級の山々の縦断を試みて、悪天候に襲われ、10人近い死者を出してしまった。もうひとつは、僕のふるさとに程近い町で起きた豪雨による水害事故。ここでも11人の死者を出してしまっている。ニュースによれば、この町には災害に備えたハザードマップすらなかったという。こうなると、いずれの事故も、天災というよりは、人災に近い。本当に「安心して暮らせる社会」というのは、どういうものなのか、国も地方も、そして僕たち市民の一人一人も、しっかりと考えなくてはいけない、とあらためて考えさせられた。来月の月末には総選挙があるけれど、本当の意味での安心社会を建設しようと日々努めている政治家が誰で、政党はどれなのか、曇りのない目でしっかりと見定めなければいけない、と僕は思う。少なくとも、最近の安直な二大政党制化の動きからすると、見落とされてしまいそうな気がしてしまう僕なのだ。きっとそれは、杞憂でない。

気分一新…かな?

7月21日

 午前11時半、日中友好協会の支部総会に参加させていただく。以前書いたことだけど、第4回中国日本語スピーチコンテスト華中ブロック大会に、同協会からいろいろとご支援をいただいたので、その御礼の気持ちを込めて挨拶をさせていただいた。また、非力ではあるけれど僕なりに今取り組んでいる日中友好のプロジェクト(院生の日本短研修や農村の小学校への支援活動など)についても併せて報告させてもらいました。教壇に立たずに人前でしゃべるのは本来苦手な性格なので(いや、マジで…)、夕方になると、すごい肩こりに・頭痛に襲われる、というおまけつきではありましたが(笑)。

7月22日

 朝9時過ぎから正午あたりまで、部分日食。鹿児島沖から太平洋上にかけては皆既日食が見られたようだけど、自宅の縁側からは三日月を思わせる太陽が雲間から顔を見せてくれた。当然のことながら、デジカメでその瞬間を撮影。そのうち時間を見つけて、ブログにも載せたいと思っています。

 体調はイマイチで、肩こりが抜けず、おなかの調子までよくなくなった(…こうした展開は、僕にはよくあることなんだけどね)。というわけで、今日は気分的に低空飛行…。とか何とかいいながら、気分を一新しよっと思い直し、行きつけの散髪屋へ。考えてみたら、昨年末の事故以来初めてのヘアカットなのだった。ちなみに料金は4,000円。ね、こんなところにも中国と日本の物価の違いは歴然と現れてる。そう思いませんか?

 そういうわけで、多少なりともさっぱりと髪を切って気分転換を図ったことだし、明日からは僕も院生たちに負けないで、研究モードに生活を切り替えていきたいな、と思っているところです。さしあたり、「日本の社会と文化」「新聞の読み方」についての講義ノートを作成するところからはじめます。皆さんも夏バテしないよう、健康に気をつけて毎日をお過ごしくださいね。ではでは。

お気楽トンボの夜

 村上春樹の最新作『1Q84』をようやく読了。もっと厳密に言えば、読了したのではなく、とりあえず最後のページまで文字を目で追っただけのことかもしれないのだけど。少なくとも、僕にはまだこの作品が爆発的に売れている理由が、うまく呑み込めてはいない、ということだ。したがって、この作品についてあれこれ論じることは、まだ差し控えたいと思う。というより、まだこの作品世界を僕なりに再構成して、その根底にあるものをしっかりとつかんで受け入れることができていないのかもしれない。やれやれ、だ。

 それはそうと今日は久しぶりに晴れ間が広がった。その割りに気温は上がらず、梅雨の時期にしては、かなり過ごしやすい一日になった。だけど、空模様と僕の気分や体調は、必ずしもいつもぴったり一致するわけじゃない。どちらかというと、今日の僕は何となく気分が晴れなかった。午前中は、靴を買いに出かけたのだけど、「ま、これでいいや」と直感できる靴にも出会えなかったし、出会うためにとことんまで探し続ける気分にもなれなかった。もともと僕は気分屋のところがあって(こんなこと自慢しても仕方ないんだけど…)、いったん気分が乗らなくなると、自分でも手に負えなくなる。結局、靴屋を4軒まわって、徒労感を抱えて帰ってきただけのことだった。これまた、やれやれ、だ。こうなりゃ、少しさっぱりするしかないな、と思いなおして、行きつけの散髪屋に散歩がてら出かけてはみたけれど、タイミングの悪いことは重なるもので、定休日。ポリポリ頭を掻いて帰宅するしかありませんでした、はい…(泣)。

 要するに今日は、僕にとってあまり生産的な一日ではなかった、ってことです。でも、ま、人生毎日が順風満帆なんてことはないんだし、こういう日は2、3回深呼吸でもして「ま、いいかー」と心の内でつぶやいておけばいい。きっと明日は明日の風が吹くのだから。はは、そういう意味では、つくづくと、お気楽トンボなんだな僕って…、そう思わずにはいられない夜です。

本との出会いについて

 今日は、午前10時に新潟駅改札口で院生たちと待ち合わせ。駅傍の書店で、研究に必要な文献を探すことにしていた。彼女たちは書店の中を1時間半さまよい歩き、それらしい書名の本を手にとって眺めては、また棚の元の位置に戻したりしていた。人との出会いもそうだけど、本との出会いも運命のようなものだと、僕は思う。ほんの少しでも心の琴線に触れる本に出会ったら、見過ごしてはいけない。そうした「偶然」に再会するチャンスは二度とめぐってこないかもしれないのだから。僕自身、あとで舌打ちするしかないようなすれ違いを何度も繰り返してきた。それだけに、せっかくの機会をつかみそこなってしまわないように、と彼女たちの後姿を見守らずにはいられないのだ。こんな時、僕はいつも小さくつぶやく、「物怖じするなよ」って。思いが届いたのか、結局のところ、5人で15冊ほど、値段にして6万円弱の書籍購入となった。内容別でいえば、それぞれの研究テーマに沿って、芥川、井上靖、村上春樹、上田秋成関連であった。

 そのあと、昼食をとって、古書店に足を伸ばそうということになったのだけれど、梅雨前線が停滞していて、土砂降りの雨に降り込められてしまった。やむなく駅に戻って、今日のところはそのまま解散、ということに。ま、それもいいか、と僕は軽く首をすくめて見せた(笑)。

 それにしても、本探しの旅というものに、僕は結構こだわってしまうんだよね、実は。もうかなり昔の話になるけれど、僕が博士論文を書こうとするとき、手持ちの資料の少なさに苛立ったあまり、「こうなったら、現地へ行って本を探してこよう」と、それこそ崖から飛び降りるような決意を固めて、一人旅をしたことがある。たった10日間の旅だったけれど、なけなしのお金をはたいて、アムステルダム経由でスイスのチューリッヒに飛んだ。今から12年前の7月のことだった。多くの観光客は山岳地方だの湖水地方だのといった名所に足を向けるけれど、僕は中世の色彩を残す石畳の町の古本屋をパンをかじりながら歩き回った。チューリッヒの次は、バーゼル、ベルンそしてジュネーヴといった具合に。そこで出会った本は、スーツケースに詰め込めるギリギリの重さまで買いあさって帰った。今から考えれば、どこか(いや、はっきりいえばかなり、だな)愚かしく無謀な試行錯誤の旅ではあったけれど、あの旅が今の僕を決定したのだ、とも思えなくもないのだ。少なくとも、そうしたチャレンジに身をゆだねることが人生には必要なことだってある、と僕は今も信じている。そして、その気分を、今日、ほんの少しでも共有してくれたのであれば、今回の日本研修が院生たちに与えてくれるものは決して小さいものではないに違いない…と僕はひとり思いこんでいるんだけど…さあ、実際のところ、どうなんだろうね。3年後か、あるいは10年後にでも彼女たちにそっと聞いてみたい気がする。

マイペース・ステップ

 今日も一日雨模様。メガネのフレームが少し、というか実際はかなりゆがんでいて、長い時間メガネをつけていると耳や鼻梁の接触部分に痛みが走るので、行きつけの眼鏡屋でフレームを補正してもらう。おかげで、痛みも軽減されて、メガネをかけていても苦にならなくなった。

 今日から、午睡の時間を返上して、村上『1Q84』上巻を読み始めることにした。しかも、以前の僕からすると、信じられないくらいゆっくりとした速度で。この作品は、天吾と青豆の二人を軸として交互に語り継がれていく「物語」の世界…という構成をとっている。ふと思いついたけれど、日常生活の中で、僕はよく「マイペース」という言葉を口にする。けれど、村上春樹作品の主人公たちももまた、作中で自己認識をかなり辛抱強く模索し続けている。時には、暗中模索に疲れて、ふっと放棄しそうになりながらも、そのまま暗闇に溶けてしまいそうになる自分を、どこか醒めた目で見つめ続けているのだ。そうした主人公のステップの踏み方に、僕はいつもある種の共感を覚えずにはいられない。マイペース、マイペース…。焦る必要はない。そう、僕らは僕らで、自分にふさわしいステップを踏んで生きてきたし、これからもそうし続ければいいのだ、と。これは、何ていうか、僕のかなり見当外れの思いいれかもしれないけれど、村上作品には書き手と読み手のそれぞれの思いいれを許容する部分があるだけに、僕なりの読み方も、ひょっとして許してもらえるんじゃないかと、いつも読みながら甘えてしまうんだよね、ははは。

 言い古された言葉で恐縮だけど、人生というのは確かに大河に浮かぶ小さな芥のようなものかもしれない。そして、近頃の僕はそれをかなり実感を持って受け入れようとしているのかもしれない。とりわけ僕が反芻し続けている思いというのは、時間という大河に押し流されながら、失ったものもあるし、失ってはならないと懸命に握りしめているものもある、ということに他ならない。自分が選んだものが正しかったかどうかなんて今の僕に偉そうに言える事柄ではないけれど、僕には僕の生き方を変えることなんてできない。それなら、とにかく自分を信じてこの流れの中を懸命に生きていくしかないのだ…これが、僕のマイペース・ステップなのかな…。

 というわけで、またまた支離滅裂なモノローグとなってしまったけれど(やれやれ…苦笑)、こんな日の日記は、さっさと読み飛ばしてもらってもいいですからね。すべてその日の気分の持ちようで、どうぞご自由にお読みください。要するに、僕は僕、君は君のペース・ステップで。

消え行く時を見つめて…

 今日は朝9時の新幹線で大学に向かう。10時30分に大学中央図書館前で院生たちと落ち合う。彼女たちとの連絡用にプリペイド携帯を買っておいたので、手渡す。万が一の急用が生じた時も、これで即座に連絡が取り合えるので、ひと安心、といったところ。

 11時に、国際交流会館管理担当のKさんを訪問。L主任がN大学博士課程在学当時からの友人ということで、まずはご挨拶。Kさんは、院生のひと月にわたる研究期間中、さまざまな課外活動を企画してくださるとのことで、そのお心遣いには、ただただ感謝するほかない僕なのであった。こうした人との出会い、交流から学ぶべきことは多い。その場では、何気なくすれ違っただけ、と思えるようなことでも、ずっと先になって、その価値がかけがえのないものとして自分の「内なる財産」となっていることだって少なくないのだ、きっとね。僕自身のわずかな経験に照らし合わせてみても、そう言い切っても差し支えないように思える…信じてもらえるかどうかは、本人たちの気持ち次第だけど(笑)。

 学食で食事したあと、院生たちは図書館へ。僕は本屋で宝探しをしてから帰途に着く。天気予報が的中して、雨が降りはじめた。雨が降りそうだな、と思いながらも、傘を持ち歩かないってところに、僕の「ま、いいか。何とかなるさ」的性格がよく表れているんだよなぁ、やれやれ。長岡に戻ると、雨脚はいっそう強くなっていた。しかたなくバスに乗って帰宅する。いくら雨に濡れて水が滴ってもいい男に変身できるわけではないので(当たり前だよね、そんなこと…とほほ)、さっさと着替えて寝転がる。

 寝転がって本を読もうと思ってたんだけど、どういうわけか、そのまま眠りに落ちてしなう僕。すっかり午睡が習慣化してしまってるんですよね。これ、僕の生活リズムがまだ中国モードであることの表れだよね、やっぱり。

 そういえば、村上春樹の新作『1Q84』も届いていることだし、明日からは空いている時間を見つけてページをめくっていこうと思う。この夏、時間を大切にしなければいけないのは院生だけじゃない、僕自身そうなのだからね、たぶん…。

 さてさて、みなさんも、この夏、どんなふうに過ごしていらっしゃるんでしょうか?健康第一で、有意義な夏でありますように、梅雨の未だ明けぬ日本で祈ってます。

梅雨明け未だ遠し…

 関東甲信地方では昨日、梅雨明け宣言が出されました。けれど僕のいる新潟は雨雲がかかったままで、梅雨明けにはまだ1週間かそこらはかかりそうな空模様です。気温も費によってかなり差があります。昨日の長岡は最高気温34℃、今日は一転して28℃と、幾分肌寒さを感じてしまうほどでした。

 院生たちも、在外研究生活5日目を迎えています。連日、朝から大学中央図書館に閉じこもって論文資料の発掘に余念がない…はずです。「はず」というのは、ちょっと頼りない表現と思われるかもしれませんが、どうかご容赦を。というのも、今日は、帰国以来はじめて院生たちと別行動だったもので、彼女らの今日一日の活動成果を確認していないからなんです。ま、連日隙なく監督されているというのも、息が詰まるでしょうから、たまにはこんな日もあります(笑)。ただし、明日は、午前中に大学へ戻り、彼女たちと統一行動をいたしますので、息抜きはたった1日ということになりますけれど…。

 明日は、午前中にN大学勤務のK老師にお目にかかり、一緒に食事。その後、K老師が院生たちにキャンパス周辺を案内してくださることになっているようです。これもまた日本の社会や文化を肌で学ぶことに違いはありません。

 個人的には、今日の午後、僕は日中友好協会関連の交流。Yさん、K先生のご来訪を受け、夕方6時過ぎまで、日中両国を取り巻く歴史・文化・社会問題を、それぞれに経験を基に論じ合うことができました。これはこれで楽しくも充実した時間となりました、はい。ただ、我が家の飼い犬マロが、議論に加わりたいのか、クンクン、ハグハグ騒いでいましたが、あえて無視…てなわけで、つまるところ、「許せ、マロ。」

 とりとめのな0い殴り書きのようになってしまいましたが、とりあえず、これまでのところ、院生も僕も元気に日本在留生活を送っていますので、どぞどぞ、ご心配なく。なるべく毎日本ブログは更新するつもりですので、これまた、どぞどぞよろしくお願いいたします。

院生日本研修記1

 帰国4日目を迎えました。さしあたり、ここまでの経過を報告がてら記しておきたいと思います。

 10日午前6時L教授がわざわざ僕の宿舎まで見送りに来てくださいました。6時15分、Xさん、Gさんがタクシーで僕を拾って空港へ。残りの3人は別のタクシーで直接空港へ。8時半の東方航空便で上海浦東国際空港へ移動、午後0時過ぎの便で成田へ。午後4時成田着。JR成田エクスプレスで東京。そこから宿泊先である飯田橋の東京国際ホステルへ。チェックインの後、神楽坂を散策して軽い夕食をとる。長旅だったので、早めにホステルに戻り、就寝(笑)。

 11日。午前10時にSさん来訪。L教授からのお土産をお渡しする。その後、地下鉄で隣駅の九段下へ行き、靖国神社を見学。日本の歴史認識について批判するにせよ、そうでないにせよ、中国でもよく話題にのぼるこの神社を実際に見ておくことは決して無駄なことではない、と僕は思っていた。僕なりにいっさいの偏見・先入観を抜き去って、神社内を院生たちと歩いた。歴史的感情と客観的な学問とは、厳格な峻別が必要だという僕の考え方を院生が理解してくれたのであれば、何より…というのが僕の素直な気持ちです。そのあと、ゆっくりと坂道を下り神保町へ。ここは日本を代表する古書街でもある。院生たちは思い思いに、それぞれの研究テーマに沿って本を探してゆく…。昼食後、東京タワーへ。ここでは、昨年華中師範大学へお越しくださったK老師と待ち合わせ。東京タワーは初めてとおっしゃるK老師と一緒に展望台に上り、しばしの楽しい歓談。K老師とお別れした後は、院生たちの要望で、デジカメを買いに有楽町へ。夕方6時からはK先生ご夫妻と久しぶりの再会。神楽坂で夕食のお招きを受け、本当にお世話になってしまいました。胸に沁みる両先生の心温かなお話を、院生たちもしっかりと受けとめておりました。K先生のご健康を心からお祈りしつつ、柔らかな宵は静かに深まっていくのでした。ありきたりな表現で恥ずかしいですが、本当に感謝申し上げております。

 12日は、東京最終日ということで、両国の江戸東京博物館、そして浅草を散策。午後2時の新幹線で新潟に移動。受け入れ先であるN大学の宿舎には、夕方5時に無事到着(笑)。6時半にガス会社がガスの開栓にきて下さる。7時には、宅配便で送っておいた布団が届き、とりあえず新潟初日は滞りなく過ぎて行きました。

 そして、今日つまり13日。生活に最低限必要な資材を車で朝9時半に運び込む。10時に、N大学国際課にお伺いし、これからひと月あまりお世話になることに御礼を申し上げる。昼食は、学内の第2食堂で済ませ、午後1時に大学本部へ。今回の研究を受け入れてくださったY理事にご挨拶。理事は、僕にとっては師匠そのもの、…というか僕が不肖の弟子だったわけなんですが、少なくとも院生たちがわが師匠の孫弟子となることに変わりはありません。受け入れていただき、本当にありがとうございます!また、学長室にも入れていただき、学長からの心優しい励ましのお言葉までいただいてしまいました。こうしたご配慮を心に刻み込んで、院生たちが悔いのない充実した研究生活を送ってくれることを、僕は願わずにいられない。

 駆け足の報告で恐縮ですが…とりあえず、今日のところはここまで。続きはまた、あらためて書き込ませていただきますので。ではでは。

帰国前夜のつぶやき

 帰国前夜を迎えました。明日はいよいよ院生5人と一緒に日本へ。院生たちは日本で40日間の短期研究活動に入ります。見るべきもの、学ぶべきものは、各人各様。とはいえ、外国人短期研究員として受け入れてくださる日本のN大学の温かいご支援に応えるためにも、それぞれに充実した夏となることを、僕は今祈るばかり、です。

 それはともかくとして、僕はまだ…帰国の準備を全くしていない。こりゃ、冗談抜きで、かなりヤバい状況だったりするな。これからスーツケースに荷物を詰め込んで、部屋の掃除も済ませておかないといけない。頼むから、今日だけは1日を36時間に延長してほしいなぁ…。などと非現実的な欲求を天に向かって願っても、益なきこと(泣)。がんばって準備しよう。

 ところで、来月、国連軍縮会議が日本の新潟で開かれるそうです。それに合わせて、県下の各大学からそれぞれ5名の代表団を送り、学生たちによる反核会議(集会?)も計画されているとか。主催はやはり国連(UN)とのこと。我が家の娘も学校からのご指名で参加をするらしい。そうした学外活動を通じて、いろいろなものの見方や考え方に接して、根本から考える姿勢を養ってほしいと、半ば親バカ気分…で願っています。はは。

 …と、いつまでものんびりブログにかかりっきりになってるような時間的ゆとりは、今の僕にはないんだった!早く帰国の準備に取りかからないと。ということで、皆さんも、充実した夏を元気にお過ごしくださいね。ではでは。

七夕モノローグ

 七夕の夜。薄雲が空を覆っていて、その切れ間からおぼろに月が浮かんで見える。けれど星明りは一つとして現れてはこない。そういえば…と僕は胸の奥で呟く。夜空に浮かぶ無数の星々とそれらが織りなす天上の大河は、いつの間にか遠い日の追憶になり果ててしまった。いつかまた、たった一度でもいいから、空いっぱいに横たわる天の川を見上げながら、ひとり深夜の散歩をしてみたい。僕が最後に、あの細かくきらめく天の川を見たのはいつだったっけ…というふうに。

 そんな感傷をよそに、天上ではいつも無数の星がきらめいているのだ。たとえその光が地上に届かなくても、雲の裏側を銀色に染め抜くように、天の川は流れ続けている。だから、星々が見えなくても、僕は気にもせず、君の幸せと健康を祈るのだ、7月7日の夜空に向かって。星に願いを…。

 今日は、夕方、院生2年生5人とL主任の研究室で、日本夏期留学について最終チェック。40日間という限られた時間の中で、彼らには少しでも多くのことを学んでもらいたい。なんとか計画が順調に進んでいくように…これも今宵の星に祈っておこうと思う。

 ミーティングのあと、キャンパスの舗道をゆっくりと散歩しながら、僕は南門に向かった。プラタナスの並木道を歩いていると、頭上から聴こえる蝉時雨。吹きわたる風はまだ熱気をはらんでいる。そんな夏の夕暮れが、僕はなぜか幼いころから気に入っているのだ。たとえ何歳になっても、心の中には小さな子供が住んでいる。ふと、そんなことにも気がつくから、散歩ってやめられない(笑)。よかったら、だれか一緒に散歩しませんか。…って、そんなことに付き合ってくれるヒマな人、いないよね。ま、いいかー。それならそれで、僕は自分の影を道連れに散歩し続けることにしよう。ではでは。

時計の針がチクリと僕を刺す…

 僕はふだん時計というものを持って歩かない。人生のある時期に、ふっと思い当たって、「もう秒針や分針に追い立てられる生活とはおさらばしよう」と決意してしまったのだ。そこで僕は腕時計を外し、必要な時だけ懐中時計をぶら下げて生きるようになった。懐中時計なら、たいして用もないのにチラチラと時刻を盗み見ることはなくなった。つまり、その日から、僕は時間の呪縛からから解放されて生きてきた(…いや、ひょっとしたら、そんな錯覚に陥っているだけかもしれないけれどね、う~む…)。

 ただ、ときどき困ることがある。僕には、仕事上長い夏休みというものがあって、授業がひと月以上なくなると、曜日の感覚まで希薄になってしまうのだ。で、よく考えてみたら、今日は日曜日だったってことに、こんな深夜になって初めて気がつくのだ…やれやれ。

 確かに、今日は日曜日だった。だけど、午後から学院会議があって、ちゃんと教学楼の会議室で、中国語による通知・報告を聞かされていたのだった。会議中、窓の外では、やおら突風が吹きぬけていったかと思うと、雷鳴と雨音が鬼ごっこを始めた。「あー、洗濯物、ベランダに干しっぱなしだったなぁ」と字幕めいたものが頭の隅をよぎったけれど、もう手遅れ。洗濯物の運命は神様の手にゆだねられてしまっているのだ。…そして、宿舎に戻ってみると、僕は突風で振り落とされていた洗濯物をもう一度洗濯機の中に戻してやるしかなくなっていた。僕が、もしイスラム教徒だったら「インシ・アラー」と遠い空に向かって歌うように呟いていたんだろうな、洗濯機の前で、きっとさ。

 明日は月曜日。でも、授業もないことだし、朝から腕まくりでもして、部屋の片づけをしなくっちゃ。あと4日もすれば、僕は旅の空。そして僕が武漢に戻ってくるのは40日後、つまり夏の終わり頃になるのだ。あー、そうだった、もう旅の荷作りも始めないといけないんだった。…などなど考えていると、結局、僕はちっとも時間の束縛から抜け切れていないのだ、ってことをあらためて感じるのである。というわけで、なぜかしらsigh,sigh,sighのmidnightなのでした。

そのツッコミ イテテ…

 学生は今日から夏休み。教職員 は明後日から、ということで、明日は今学期最後の学院教職員会議があるとのこと。えーっと、僕もちゃんと出席しますよ。だって、最低限の任務ぐらい、がんばって(…ってほどじゃないけど)全うしませんとね(笑)。

 さて、昼時、キャンパス内を歩いていたら、背後からきれいな日本語で「先生~ェ!」と声をかけられた。「ん?」とあたりを見回すと、Y老師と留学生のIさんだった。最近、彼女たちとは、たいてい(とは言ってもまだ1、2回しかないんだけど)、この時間帯に偶然すれ違うだけなのである。ところが、今日は1時間ほど前にY老師に用事があってケータイに電話かけたのだけど、呼び出し音9回であきらめて切ってしまっていたのだった。

「さっき、ケータイに電話入れたんだけど…。」

「あ、今、持ってないんです。」

「そうだったのかー。実はさ…(以下略)。…ってことで、予定が決まったら、また連絡するね。」

「は~い。でも、先生、なんか夏バテって感じ、出てますね~。」

「う…(イテテテ…そうツッコんでくるか><)やっぱり、そう見える?夏場になると、食が進まなくなるんだよね」

「これ、天然のダイエットですね、もう」

「…ははは」(またまた突っ込み所をおさえてるなぁ、おぬし…イテテ)

「ええっ、ダイエットしてるんですかぁ?」 この最後のセリフはIさん。いやいや、この美形コンビ、ツッコミが絶妙過ぎるよ~(笑)。しかしっ、自己弁護めいて言いづらいけど、体重減ってないよ、ここのところ。微量ながら増加傾向です、はい、某国のA総理の支持率とは、ちと状況は異なるのだ。

 …で思いだした。明日は静岡県知事選。12日は東京都議選ですね。自公vs民主という対立構図では、弱者ないし少数意見の切り捨ては火を見るより明らか、な気がするのは、僕だけかなあ。本当に国民の目線で政治の現場で体を張ってる候補・党に、精一杯のエールを送りたい、と思います。

離見の見…

 今日は、卒業生2名が来訪、ネット上で1名からも相談を受ける。どちらも卒業後、日本の大学院への進学を目指している…はずだったのだけど、中国から日本への留学にはビザの取得や出国について、煩瑣な手続きやかなり高めのハードルがあるためか、いろいろなアクシデント・トラブルに巻き込まれやすい。現在のところ、武漢から「観光目的」でビザを取得して、日本を自由に動き回ることは難しい。Aさん(仮称)は、面接予定日に日本に赴くことができず、留学を断念せざるを得ないかもしれない、とのこと。Bさん(こちらも仮称)は、出願費用の振り込みが締め切り期限に間に合わなかったと言う。Bさんには、事情をきちんと出願先の大学に報告して、すぐに送金する旨伝えるようにアドヴァイス。たとえどれほど時間に厳格な日本であっても、ただちに断念するのでは、あきらめが早すぎる。できるかぎりの努力を示して、悔いのない決断をしてほしいと思うのだ、何といっても失敗の数では人後に落ちなかった僕としては(…はは、だけどこんなこと、どう考えたって自慢にはならないね、失敬失敬)。

 ところで、話は変わるけど、僕の好きな言葉の一つに「離見の見」というのがある。日本の伝統芸能としての能の大成者・世阿弥の言葉です(『花鏡』参照)。つまり、何か演技をしているときに、それにただ熱中する(=我見)のではなく、演技者である自己を離れたところから冷静に見つめることの重要性を説いているのである。僕などは、到底そんな悟りの境地に至ることなんてできないけれども、我が身を省みて、思い当たる節もないわけじゃない、って気もする。

 たとえば、こうしてブログを書いている時も、授業で教壇の上に立っている時も、行為している自分とは別に、それを後ろから醒めた目で見ている、もう一人の僕がいるのだ。どう言えばいいんだろう。社会に向かって何かしら直接接触している「僕」というのは、何通りもの演技者(これは決して悪い意味ではないんだけど)として現れる。でも、それらの背後には、観察者としての、もう一人の僕が、いつも存在している、ということなのだ。

 だけど、この半年間、「離見の見」というものをまったく実感できなかった、というのが、ここでいちばん言いたいことなんですね。自分を背後でそっと観察する、もうひとりの自分…こういうシチュエーションは、かなりの精神的なエネルギーや忍耐力が必要なんだってことを、僕は今ひそやかに痛感しているところなんです。

 ははは、なんだかつまらないことをグダグダ言ってるように思われるかもしれないけれど、これもまた、僕の自己再生の一歩であるわけです。こんな話に、ここまでつきあわせて、ちょっと申し訳なかったけれど、どうかご容赦のほどを(笑)。

文月到来

 七月に入りましたね。七月は文月(ふづき)とも呼ばれます。今日も朝から晴天に恵まれて、僕はもうご機嫌。気温はさほど上がらず、実に過ごしやすい一日でした。

 午前中は3年生のWさん来訪。本を返却に来て、また新たに本の貸し出し。午後1時過ぎ、W老師来訪。新しい教科書の作成に参加するかもしれないとのことで、同じく10冊ほどの本を貸し出し。夕方からは、やはり3年生が来訪、ただし今度は4名。まずは、4人がかりで僕のキッチンの大掃除(それにしても、わざわざ…あぅぅ、申し訳ないっ><) そのあとで4人は、ぜひ一緒に夕食を、と愛情をこめて(?)手作りしてくれました。かくして、2009年後半初日は大変賑やかに過ぎていったのでした。なにはともあれ、感謝、感謝。

 さて、10日後には、もう日本です。今回は院生5人を引率しての帰国なので、そろそろ準備万端整えておかなくちゃいけないな…と思いながら、あっという間に直前になってしまいました。というわけで、ちょいと焦りながら、夜、受け入れ機関であるN大学の国際課と大学理事にメールを送らせてもらいました。いくつか最終確認しておかなけれないけないことがあったので。院生にしてみれば、ひと月以上にわたる初めての国外研究なので、僕なりに準備は整えておきたいと思うのだけど、さてさて本番やいかに…ってところです。ん?いいのかな、こんなおっとりノウテンキな僕で。

 と、時計を見たら、もう午前0時近い。そういえば、今日から少し早寝早起きの習慣を取り戻すつもりだったんだ。というわけで、まだまだ書き足りない気持ちを抑えつつ…おやすみなさい、です。じゃ、また明日ね~。

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「日本国憲法」

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「お風呂を買ってルンルンしよう」(12/18)中国語訳が追加されました。2008-12-20 NEW

「夢が試される場所」(12/11)中国語訳が追加されました。2008-12-20 NEW

「16Daysのカウントダウン」(12/16)中国語訳が追加されました。2008-12-18 NEW

「お風呂を買ってルンルンしよう」(12/18)語注が追加されました。2008-12-18 NEW

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「夢が試される場所」(12/11)語注が追加されました。2008-12-11 

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一石亭華中

Author:一石亭華中
ようこそ、本ブログページへ。
一石亭は中国在住8年目を
迎えました。
でも中国語はまだ初歩の初歩。
趣味は「お仕事」と散歩、それに写真撮影。
あ、それからお昼寝も…趣味のうち、かも…。

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凹んだとき、元気がでないとき、僕を支えてくれ、力づけてくれるウタを週替わりで紹介します。ちょっと古い歌が多いかも…ですが。今週も「ちょっと切ない歌」を。

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