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深夜のヒゲキ

 昨日は、まともにブログと向かい合う余裕もなく、夜明け近くまでWordと格闘してました。ブログの優先順位を落としたのは初めての経験。ちょっと自分に対して悔しい気分…ってこれも「書き過ぎ症候群」の一症例なんでしょうか(笑)。

 今日はクリスマスイヴ。お祝い気分もなく、次の仕事の山に取りかかります。明日は院生による修論中間発表や研究報告会、明後日は学院会議に朗読会、明後日はW老師の結婚披露宴、明々後日は上海行き、と授業以外にもスケジュールが立て込んでいる。その合間を縫って、作文の添削、三科目分の期末試験問題の作成が僕を待っている。キリギリスは、やっぱり冬の寒さの中を、おろおろとうろたえながら仕事をするほかない。

それはともかく… 

 寒ければ寒いで、僕にはお風呂という強い味方があったのだぁ、と楽しみにしていた昨夜の入浴タイム。温水器のコックをひねって「ん?」


 
 ってか…おい(泣)


 思わず「親分っ!」…じゃなかった「我的天!」と虚空に向かってつぶやいてしまった。 お風呂不可欠人間となった僕にとって、これが悲劇でなくて何でありましょうや…。

 今晩だって怠けずにちゃんと仕事しますから、僕の最後の楽しみである「湯気に包まれた天国」だけは、どうかどうか唐突に奪わないでくださいね…よろしくお願いします、関係者の皆さん。

 

2008年も残すところ1週間。

「終わり良ければすべて好し」

これが僕に残された最後の科白…。

 

 

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クリスマスイヴのイヴ

明日がクリスマスイヴだからといって、浮かれていられる状況ではありません。

今日という今日は、もうブログをのんびり書いてる余裕もありません。お仕事します。
みなさん、ごめんなさい。

モノローグのためのモノローグとして

 昨日は本当に久しぶりに眠れない夜を過ごした(仕事での徹夜はこの前したばかりだけど…)。
 考え事をしていて眠るタイミングを失ってしまったのだ。こんなことは、僕にはめったにない(いつもならスリー・カウントで夢の世界に落ち込んでしまうから)ことなので、その対処の仕方も未だにうまくつかめなでいる(もちろんさっさと安定剤を飲んで寝るという手もあるけれど、これは最終手段)。とにかく布団にもぐり込んでもカラダが冷え切ったままで、いつまでたっても冷たさが体の芯から去らず、ずっとその寒さに震えていた。
 眠れぬままに僕が考えていたのは何だったのだろう?それをうまく表現することは今でもできないけれど、とにかく僕は自分の中の最もさもしい部分にぶつかってしまって、ひどく落ち込んでしまったのだった。
 そんな夜でも、朝は必ずやってくる。

 今朝は9時過ぎにL老師から来電。留学希望学生の面接と人材招聘の件で呼びだされる。人材招聘の件では、情報収集のため、以前お世話になったN大学のN教授、かつての教え子であるS大学のW老師に電話をかける。懐かしい声が、乾いた心の襞をわずかに潤してくれるような気がした。
 昼は、5人の学生、院生、留学生に食事に誘われ、群光広場の7Fで食事。少し早目の誕生祝いをしてもらった。彼らのさりげない心遣いにはいつも感謝の一言に尽きる。ほんとうにありがとう。

 16:34。日は早くも西に傾いている。今日はこの冬一番の冷え込み。そのせいかエアコンも効きが悪い。今夜も寒さに耐えながら仕事を続けることになるだろうか。それもいい、と今日の僕は思う。僕の心は僕を裏切ることはあるが、仕事は僕を裏切らない。

 明日にはきっといつもの自分に戻るから。がんばろう、自分。

冬至に何食べる? 素朴な疑問

ひゃー、今日は何とも寒い1日でしたねー。朝から冷たい北風が吹き荒れて、プラタナスの枯れ葉を宙に巻きあげていました。夕方買い物に出かけたとき肌で感じた気温は、すでに零下。

そういえば、今日は「冬至」なんですね。山東省出身の卒業生Sさんから久しぶりにメッセンジャーで話しかけられ、そのことに気がつきました。

「先生、今日は水餃子食べてくださいね。冬至ですから」

北方では、冬至に水餃子を食べる習慣があるようです。偶然、僕は体育館近くのお店で水餃子をお昼ご飯としてテイクアウトして家に持ち帰り、食べ終えたばかりでした。

「たった今食べたところだよー」

「早い!さすがー」

本当のことを言うと、家を出るまではラーメンを食べるつもりだったんです。ところが、水餃子の店の前に来たとたん、なぜか足が止まってしまったんですね、不思議なことに。何かの啓示のように、ぴぴぴ、と心に感じるものがあったのかもしれません。どうやら僕の体の中にはまだ5歳児の山東少年が住んでいるようです。

ちなみに、日本では、冬至にかぼちゃを食べる習慣があります。これも地方によって違いがあるのかもしれませんけど、少なくとも我が家では、そうです。

ここ武漢でも、何かそういう食習慣があるんでしょうか。

あなたのふるさとでは?

今日の風景も含めて、久しぶりに「一石亭写真館」のアルバムも更新しました。よろしければ、左欄下の方の「リンク」からお越しください。

やがて哀しき「根性」派

 僕がまだ小学生か中学生だった頃のお話。
 当時、修学旅行などに出かければ、たいていの観光名所には、きまって子供でも何とか手の出る値段で、置物のお土産を売っていた。ご当地の名所をあしらった小さいな細工とそのわきにひと言文字の書かれた盾がセットになっているものである。その盾に書かれていたのは、かなり高い確率で「根性」という二文字であった。

 
 「根 性」


 これほど、その当時、つまり’60~’70年代にかけての世相を見事に言い表している言葉が、他にあるだろうか(少なくとも僕には思いつかない)。TVを見ても、「巨人星」「アタックNo1」などに代表される「スポ根」(=スポーツ根性)物が子供たちの人気を集めていたし、大人たちも、高度経済成長を支える企業戦士として、「根性」重視の精神論に心を奮い立たせていた。要するにそういうモーレツな時代だったのだ。僕もまたそういう時代の空気を吸って成長した。
 もっとも、今では、そういう言葉はちっとも流行らない。「根性」なんて、もはや前世紀の遺物のような言葉になってしまっている。もはや死語に近い言葉、なのかもしれない。

 ところで、昨日は久々にそうした「根性」まるだしで徹夜をしてしまった僕であった。が、さすがに今日はその反動が来て、頭痛は起きるわ、体は重いわ…。で、「根性」という不思議な磁力を持った言葉にカラダがついていけるほど、僕はもう若くはないことをいやというほど思い知らされてしまったのである。とてもつらいことだが、それを一つの厳然たる事実として受け入れなければならない、らしい。
 
 もともと僕は勘や要領のよい人間ではない。だから、それをごまかすために「根性」の二文字を振りかざして帳尻合わせのような仕事をしてきたようなところがないわけではない。けれど、これからは、もう少しきちんと長期的展望をもって、計画的に仕事をしなければならない、とつくづく思った。

 だけど、世の中には「三つ子の魂…」という言葉もある。喉もとの熱さが通り過ぎたら、きっとまた仕事をため込んで、「あとは『根性』あるのみ」とか何とか言いながら、ねじり鉢巻きで仕事をしてしまうんだろうな、哀しいことに僕という人間は。…決してほめられたことではないけれど。
  

怒涛 のち ふんわか

 昨日の夜は、3年生の作文の添削をきちんと片付けることにした。学生たちが提出してくれたノートをコタツの上に積み重ね、ただただ赤ペンを走らせ続けた。学生の書いてくれた文章をできるだけ生かせるように添削するのは、なかなか骨の折れる作業である。彼らの思考の流れをたどりながら、それにふさわしい表現を探してゆく。ときには、1行の文章の修正に、思わぬ時間がかったりもする。そうこうする間に、夜も更け、やがて東の空が白みはじめる。一応(実は作文をメールで送ってくれたZ君の分が抜け落ちていた><申し訳ない)、添削が終了したのは午前6時。久しぶりに怒涛の「开夜车」(=徹夜)となった。
 それでも今日の午前中は、そのままの勢いで授業をすませた。3年生の「新聞講読」、4年生の「日本の社会の文化」である。
 さすがに、昼時には疲れが出て、南門まで出かける気にもなれず、西門近くのテイクアウトのお店で焼きそばと豆乳、それに茶卵を買って帰る。食べ終えたとたん睡魔に襲われ、しばし午睡を楽しむ。

 夜は、先々週以来の朗読会。今晩はきちんと教室を借りて行うことにした。人数的には、自宅でやっても問題ないほどの「少数精鋭」ではあったが…。「ま、いいか。」と、自宅近くの店でクッキー三種を買いもとめ、学生たちとポリポリサクサクとかじりながらの和気あいあいとした朗読会となった。
 本日の素材は、司馬遼太郎「この国のかたち」。作品を読み、日本人の文化態度と中国人のそれを比較しながら、話はあちらこちらへと飛ぶ、いつもながらの雑談的サロン的場当たり的朗読会であった。学生の皆さんの感想は…どうだったんでしょうね。

 朗読会後、4人の学生がわざわざ自宅まで僕を見送ってくれた。最後までほんわかムードの夕べであった。

 夕食をとる時間がなかったので、このブログを更新しながら、ただ今料理を作っている真っ最中である。明日は休日だし、今夜は少しゆっくりと時間とたわむれよう…。こんな夜がたまにはあってもいいよね。

 ではでは。みなさんもよい週末を。

お風呂を買ってルンルンしよう

 風呂桶を買った。買ってしまった。 買っちゃった。―今日はちょっとルンルンとした浮かれ気分の報告です。

***

  先日のことである。1級試験を終えて少し時間に余裕ができたから、と3年生のGさん、Pさんがわざわざ僕のために市内の家具店を歩き回ってくれ、手頃な木桶を探し当て何種類かのパンフレットを持ち帰ってきてくれた。
 ところで、僕の家のトイレ周りはすごく狭い。その上に、洗濯機がでかい顔をして居座っているので、木桶を置けるスペースはしぜんと限られる。せいぜい、800mm(長さ)×600mm(幅)×600mm(高さ)の容積が上限である。ところが一般の風呂桶には、このようなミニチュアサイズはない。あるとすれば赤ちゃんの沐浴用の木桶ぐらいのもだ。もっともこれだと小さ過ぎて話にならない。
 というわけで今日は、Gさん、Pさん、それにZ君を伴って直接販売店へ。いくつかの店を回り、サイズ、材質、値段等々を比較検討した結果、「K陶瓷有限公司」の赤ちゃん用木桶が、こちらの条件に一番近いことがわかった。
 そこで店の人と交渉開始。
 しかし、交渉というものはしてみるものだ、と思わず僕は唸ってしまった。サイズの変更も可能なのだ。そこで、上述のスペースギリギリのサイズに変更してもらうことに(ただし、200元の割増料金がかかったが)。最終的な値段交渉からおまけ(3品)をつけてもらうことまで、すべて学生たちが僕の代わりにやってくれた。これには、ただただ感謝のひとこと。

 2週間後の大みそかには、僕の家に木製の風呂桶が届く。今年の僕は、温かい湯に浸かってひと汗流し、さっぱりとした気分で新年を迎えることができる。風呂好き人間には、これにまさるシアワセ気分はちょっと他にはない。るんるん。
 風呂桶が届く日を楽しみに、僕も2008年のラストスパート。ピシピシと自分のお尻に鞭をあてて、がんばってしまうのだ。るんるんるん…。


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焼きうどん のち メランコリック

 今日の昼ごはんは、久しぶりの自炊で、肉野菜入り焼うどん。たまにはこうしてのんびりと午後の陽ざしの中でフライパンを持つのも悪くはないな――よく火の通ったアツアツのうどんを掻きこみながら、そんなふうに思った。最近は余力がなくて、こういう時間をもつ気持ちのゆとりもなくしていたような気がする。もちろん、今も仕事でアップアップと足掻いてる状態に変わりはないけれど。

 昨日、過ぎ去る時間について書いたけれど、僕が時の流れの速さを感じるのは、何も年の瀬のせいばかりではない。もちろん仕事量のせいだけでもない。やはり僕の体内時計の針の動きが、年を追って速くなっているからなのだと思う。

 人生は旅のようなものであり、流れゆく月日もまた旅人、と古人はいう。その通りだと僕も思う。出会う人、去ってゆく人。僕らは、互いの人生の路上でたまたますれちがい、しばらく同じ道を歩いたりもする。けれど、いく度めかの曲がり角が来ると、どちらからともなく、あるいは一方的に「じゃあ、また」と言って別れてゆく。それはやむを得ないことだ、とも僕は思う。哀しいことだけど、僕たちは誰とも同じひとつの人生を生きているわけではないのだから。

 君には君の行くべき道があり、僕には僕の道がある。僕たちの道は、再びどこかで交錯することはあるかもしれないし、ないかもしれない。そう、先のことは誰にも分らないのだ。僕にできるのは、せいぜい君とふたたびめぐりあえる日を祈ることぐらいのものだ。

 だから、というわけでもないけれど、「一期一会」という禅語が最近とみに僕の胸にしみるようになった。
 流れるように去ってゆく時間、去ってゆく人、去ってゆく思い。その一つ一つをしっかりと胸に刻んで、生きて行きたいと思うし、実際そのようにして生きている。

 ――年末のカウントダウンは、こんなふうに僕を少しだけ感傷的にさせる。

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16Daysのカウントダウン

 やはり、旅行の3日間は、いろいろな意味で「濃縮された時間」だったらしい。なんとなく、久しぶりの授業といった感じが今日一日付きまとった。まるで浦島太郎にでもなったような遊離感。
 と、あらためてカレンダーを見たら、なんとすでに12月も後半、あと半月で2008年も終わりではないか。授業も残すところ3週間足らず、ひと月後にはもう冬休み入りである。そう思った瞬間焦らずにはいられなくなった。本当に時は瞬く間に過ぎ去っていく。やり残している仕事はまだまだうず高く僕の周りに積み重なっているというのに…。

 もっとも、僕以外は、まだまだのんびりしたものである。中国の暦では春節(09年は1月25日)を正月としているので、慌ただしい年の瀬という雰囲気は今のところ感じられない。クリスマスツリーもジングルベルも中国では年末の風物詩などではないのである。かくして、僕ひとりバタバタおたおたしている午後。

 旅行中は、節煙の誓いも破ってしまった。これも人のせいにしてはいけないけれど、中国には「烟酒不分家」という言葉があるくらい、酒とタバコのつきあいが大切だったためでもある。それを口実にして、Noとなかなか言えないダメ日本人の僕としては、勧められたタバコにもついつい手を伸ばしてしまい…。ランニングもここ4日間休んでいたし、仕事も…ああ、万事今日が仕切り直しである。

 パンパン、と両頬を張って、気合を入れ直そう。

 

僕の中で新年までのカウントダウンが始まる

…泣いても笑っても「あと16日

 

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原点へ、原点から。

 短い旅から帰ってきて、一夜明けた。気がつかないうちにかなり疲れがたまっていたのだろう、目が覚めたらもう日は高く、時計の針も10時半近くをさしていた。
 日頃は半径500mの生活範囲しか持たない僕が、飛行機に乗り、車に乗り換え何時間も行くような移動の旅をした。とかく人見知りをして新しい出会いというものに臆病な僕が、大勢の人と握手をし、笑顔を交わし合い、情誼で満たした杯をあおった。
 出会えたすべての人、すべての風景に感謝したい。

 体には、まだ歌の余韻のような、白酒の余薫のような、快い疲労感がかすかに残っている。この余韻に身を任せて、今日一日はゆっくりとした時間を過ごしたい。とりあえず今は、顔を洗い、着替えを済ませて、洗濯物に取りかかりながら、このブログを書いている。

 ところで、旅の中で考えたことが一つ。「心の原点」というものについて。
 中国社会は、今も長足の経済発展を遂げている。一歩先へ、と誰もが息せき切って走っているように見える社会である。もっと豊かに、もっと便利に、と人は都会をめざす。それ自体は悪いことではないと思う。そうすることで「一つの中国」は大きくなってゆく。ただそれと同時に、自分の心の原点としてのふるさとへの思いも大切にしてほしいと思う。ふるさとを想い、ふるさとのために何かをしたい、と思う気持ち。そうした気持ちの積み重ねがふるさとを豊かにするのではないか。その意味で、今の中国に必要なものは「ふるさと教育」だ、とさえ僕は思う。愛国心というのは、自分のふるさとへの思い、という土壌から育まれなければならない。それを抜きにした愛国心は、根のない木のようなものである、と。それを気づかせてくれたのは、農村の小学生たちのきらきら光る黒い瞳とはじけるような笑顔であった。あの子供たちに感謝したい。

 さて、と。
 洗濯もすんだ。次は部屋の片づけが僕を待ってる。それから仕事の山も。僕も原点に戻ってしっかりと仕事をしよう。焦ることなく、着実に。

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ただいま

 ただいま。2泊3日の旅からようやく帰ってきました。
 今回の旅の目的は、中国の農村、そして村の子供たちに出会うこと。
 僕の最近の研究テーマは「義務教育における『国民形成』機能」で、主に日本の義務教育段階における憲法教育について検討を進めています。それとの対比上、中国の義務教育の現状、とりわけ農村部の小学校の現況を知りたいと思ったのが、今回の旅のきっかけです。もともと僕の農村好きは学生のみなさん、よくご存じのとおり、でしたよね(笑)。
 出かけて行ったのは、S省西部の校区人口5000人ほどの小さな鎮。隣には「名伯楽」の故事で有名な伯楽集鎮のあるのどかな農村です。県政府、教育局、鎮政府のご協力を得て、鎮の小学校におじゃまさせていただき、子供たちや村民の方々とも短い時間でしたが交流してきました。

 今日の写真は今朝の風景――。

 どこまでも見渡すかぎりつづく小麦畑。

 土埃の巻き上がる細くまっすぐ伸びた農道。

 地平線の向こう側から昇りくる太陽。
 そして子供たちの輝く瞳。


 これが僕の「心のふるさと」なのかもしれない、と思った瞬間、白い霜の降りた麦畑で、僕の魂にぽっと暖かな灯りがともった、そんな朝の風景でした。

IMG_6396_convert_20081215002543.jpg 農村の小学校・教員室

IMG_6402+(2)_convert_20081215002820.jpg 小学生たちとともに

IMG_6415+(2)_convert_20081215003423.jpg 僕の大好きな風景が広がる朝

IMG_6420+(2)_convert_20081215003721.jpg トラクターが行く

IMG_6433_convert_20081215003857.jpg また会いに来たい風景である。

夢が試される場所

 幸せや夢について語るとき、僕たちの前に立ちふさがるのは、「現実」という極めて手ごわい存在である。
 誰もが最初は両手に抱えきれないほどの夢や希望を抱えている。けれど知らず知らず、冷酷無比な現実の前に、夢のかけらがひとつ、またひとつと両手の隙間からこぼれおちていくような思いをしたことのない者はまれだろう。僕だってそうだった。
 しかし、たとえそうではあっても、何かしら僕らの手の中に残るものはあるはずだ。どんな厳しい現実に吹きさらされても、失われることのなかった、とてもちっぽけで、だけどズシリと重いかけがえのないモノ。
 夢と現実のはざまで悩んでいる君――君は今「試されて」いるんだと思う。君にとって本当にかけがえのないものとは何なのかを。
 現実に打ちのめされて、泥の中にはいつくばっても、手の中に握りしめて離さなかったものがあれば、それが君の一生の宝物、「夢のカタチ」になるはずなのだ。

 僕たちは、実現された他人の夢を目の当たりにし、今の現実としての自分のちっぽけさと比べて、しばしば意気消沈する。だけど、実現された他人の夢にしたって、その華やかさの陰で、どれほど唇を噛みしめて過ごした日々があるか、僕たちは思いをめぐらしてみる必要がある。

 僕たちは現実を恐れる必要はないんだ。夢を持とう。そして現実という厳しい試練の中に立ってみよう。ときに打ちひしがれ、唇を噛みしめて、涙を流そう。夢はそれによってのみ鍛えられるものなのだから。

 というわけで、本日の結論。――「現実とは夢が試される場所である」。


【お知らせ】
 明日の午後から週末にかけて、所用で武漢を離れます。そのため、明日、明後日とブログの更新ができないかもしれません。もちろん、愛するミニPCとデジカメ持参で行きますから、可能なかぎり旅の空から更新を行いたいと思っていますけれど…。
 

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夢の背中

 今日の昼ごはんは、4年生のHさん、Wさん、Zさんの3人に誘われて南門近くの店で鶏料理。3人とも進学希望で、しかも日本への大学院留学を目指して活動中。日本のいくつかの大学に受け入れを打診中なのですが、中国からの受験というのはなかなか大変なもので、これまでに留学経験のないHさん、Wさんなどは特に頭を悩ませているようです。先日来、彼女たちと進路についてあれこれと話し合っていたこともあってか、「今日は私たちが払います」って3人におごられてしまいました。実は、学生におごられるのは、いまだに慣れていないんですが…。気持ちをありがたく受け取らせていただきました。それにしても、彼女たちと一緒に食事をするのは、これが初めてで、緊張のあまりご飯がのどを通らない…なんてウソウソ、本当に楽しいお食事でした。あわせて「ありがとう」。
 夜には、同じく4年生のWJさんから電話。実習先が決まったとか。
 みんなそれぞれに、自分の夢に向かって歩きはじめているんだな、という実感がひしひしと僕の胸にも迫ってきた一日。
 3年生も1級試験を終えて、これから新しい目標、新しい夢を見定めなければならない時期。その模索を始めている学生が僕のところにもやってきています。「先生、お薦めの短編はありませんか?」「日本の人物事典お持ちではありませんか?」これも学生たちの発する夢探しの「信号」。

 僕にも僕なりのささやかな夢があり、その夢の背中を遠くに見つめながら生きています。

 君にも君の夢。

 誰もが夢の背中を追いかけて「今日」という日をを生きていく。
 

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幸せのカタチ

 幸せってなんだろう?
 昔日本のTVコマーシャルで「ポン酢醤油のある家さ♪」とか何とかいうのがあったっけ。外の世界がどんなに厳しく冷たくても、家に帰ればいつもの団欒があり、暖かい鍋料理が待っている。ポン酢醤油をつけてアツアツのしゃぶしゃぶ肉をほおばって、その肉のうまみが口いっぱいに広がるときの幸福感…これに勝るものはない、というコンセプト。それはそれでよく分かる気がする。

 ね、幸せってなんだろう?
 僕は南の空に輝くオリオン座の三つ星を眺めながら走っている。そして走りながら考える。君の幸せについて。君たちの幸せについて。

 僕の幸せってなんだろう?
 たとえどんなに遅くても、自分のペースで4000mを走り抜けることができること(今日は24分03秒)。走り終えて息を整えたあと、グラウンドの芝生に大の字になって寝そべり、天空の星の数を数えること。僕の体の上をよぎってゆく夜風、そこにも僕は幸せを感じることができる。
 授業を終えて、教室を出るときの、快い疲労感。これもひとつの幸せのカタチ。

 結局、何ものに対しても、何ごとに対しても、真摯であること。その中にしか幸せの卵を見つけることはできないのだ、と僕は思う。そしてその思いはこれからも変わることはなさそうである。

 ―ね、今の君の幸せのカタチは、何?

 

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今日の弁明のために

 午前中にブログを更新するのは何だか本当に久しぶりです。
 南向きの窓から差し込む日ざしは柔らかく、気分までとてもふわふわとしてきます。コーヒーとクッキーをそばに置いて、洗濯機の回る音を聞きながら、パソコンに向かっていると、時間が止まったような錯覚にとらわれてしまいます。しかし、実際のところ、そんな悠長なことを言ってるヒマは、今の僕にはなかったのでした。ここのところ部屋の掃除もさぼりがちで、部屋を見渡すと、無残なほどの散らかしよう。片付けなければならない仕事も、ちょっと気を抜いただけで、みるみる積み重なってくるし(…ためいき)。コーヒーを飲み終えて、この更新がすんだら、とりあえず部屋の掃除に取りかからないといけない状況、です。ああ、でも、こんないい天気の日にはデジカメを抱えてのんびりお散歩でもしたい。ここのところ「散歩欠乏症」でちょっとあっぷあっぷしているところだしね(…ためいき)。

 今日の僕は、「自分のつかみ方」について考えている。
 僕たちのたいてい誰もが、きっと頭の中では、分かっているとは思うのだけど、「他人が見る自分」と「自分自身が見る自分」との間にはずれがある。ちょうど、レコーダーに吹きこんだ自分の声がまったく自分になじみのないものに聴こえるように。「おかしい、オレはこんな変な声ではないはずだ」と感情的に考えたくなります。そして自分では「自分自身が見る自分」こそが正しいのだと思い込みがちです。僕もまた、そうです。心が疲れてゴムのように伸びきってしまうと、他人の視点を受け入れづらくなってしまう。最近の僕にはどうもそういう部分があったように思うのです。
 「ゆとり」は冷静に自分を見つめるために必要不可欠な栄養素、と僕はあらためて思う。


 さて、と。これは、今日の午前をのんびり過ごした、

僕のささやかな弁明書になっているかな…? へっへっへ。
 

 

 

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通過点

 日本語能力試験を受験した皆さん、お疲れさまでした。これまでの頑張りの成果を十分に発揮できたでしょうか。みなさんのこれまでの努力に、まずは惜しみない拍手を送ります。 その上で―


 

「試験は終わった。しかし試練はこれから始まる」
僕がいつも言っている言葉を、あらためて皆さんにプレゼントしておきます。

今日はただの「通過点」にすぎません。
どうぞこれからもよろしく。

全面的に書きかえました。もとの文章にコメントをくださった方には、書き変えた理由はきっとわかってもらえると思います。いずれにせよ、どうもありがとうね。
 

新・海辺の街のお話(7)


 新学期が始まるまでの一週間、僕は大学内だけでも、外事処、人事処、これから所属することになる外国語学院の執行部、同僚たちとの顔合わせやら歓迎やらにひっぱりまわされた。スケジュール帳は、もうこれ以上小さな文字では書き込めないほど、ぎっしりと埋めつくされていた。それに加えて外国人健康診断や居留証の申請に駆け回ったりもしなければならなかったし、さらにその合間を見つけて銀行口座を開設し、足りない生活用品を買い足したり、と文字どおり目の回るような忙しさ(朝ごはんを抜いてしまって、本当に一度はめまいを起こしたほどだった)の中で過ごした。
 その間も、時間が許すかぎりシンシンが通訳代りに付き添ってくれたが、彼女の都合がつかないときには、日本語学部の学生たちが代わる代わるやってきては、あれこれと僕の世話を焼いてくれた。僕は自分のことが何一つまともにできない三歳児のように、言われるがままなすがまま、何ごとに対しても、覚えたばかりの「好(ハオ)」を繰り返し、できるかぎりにこやかな笑顔を相手に向けているしかなかった。夜宿舎に戻って顔を洗ったあとも、僕の顔には、まるで仮面のようなぎこちない笑顔が張りついたままだった。

 そうしたあわただしい生活を送るうちに、僕は自然と自分のテリトリーが形づくられていくのを感じた。僕は本来社交的ではないし、冒険好きのハックルベリー・フィンに熱中できるタイプでもなかった。たとえば用心深い耳ウサギが身に危険を感じたときに自分のねぐらの穴にひとっ走りで駆け戻れるほどの範囲内でしか動き回らないように、僕も自分の日常生活に最低限必要な場所以外に出かけることはほとんどなかった。もし奇特な研究者がいて、僕の生態を調査していたら、僕の行動範囲がねぐらである宿舎を中心にピタリと測ったように半径500mの範囲におさまっていることにきっと驚嘆したにちがいない。その範囲内にいるかぎり、僕は心を泡立てることもストレスを感じることもなく過ごすことができた。
 そんな話を、あるときシンシンにもらしたら、「ね、先輩?よくそれでこの国に来る気になれましたよね。もしかして、もとのねぐらにお腹を空かせたオオカミでも入ってきちゃったんですか?」といって笑った。 
 「差不多(ま、そんなものかな)。」
 僕も軽く笑って答えてはみたけれど、実際のところ、「そんなもの」だったのだ、確かに。


 新学期を前々日に控えて僕の部屋にやってきたのは、3年の女子学生だった。たまたま学部の事務室の前を通りかかった彼女は、学部主任に呼びとめられ、「これを新任の先生のところに届けてきてくれ」と書類を手渡されてしまったのにちがいない。「档案袋」と大書された書類封筒を大事そうに胸元に抱きしめるように抱えていた彼女に、お茶でも入れるから、と部屋に誘った。彼女は一瞬ためらったような表情を目元にかすませたあとで透き通るような笑顔を僕に向けて「はい、じゃおじゃまします」と言った。

 封筒の中に入っていたのは、新学期の日程表だとか学生名簿だとか、そういった類のものだった。それをさっと確認して机の上に置くと、僕はキッチンでお湯を沸かしはじめた。ガスのコックをひねりながら、リビングにいる彼女に、聞き忘れていたことを、まるで大通りの向こう側にいる人に向かって呼びかけるような声で尋ねた。

 「ごめん、まだ名前を聞いてなかった」

 彼女もまた同じような調子で、

 「すみません、申し遅れました。私、劉珍珍と言います」

 小珍。僕は据え付けの食器棚から白磁のティーカップを2組とりだしながら、記憶細胞に刻みつけるようにその名前を何度かつぶやいてみた。どういうわけか、そうしないかぎり僕は一度できちんと人の名前を覚えることができなかった。たとえばこれがぼんやりと眺めていただけの意味のない8桁の数字の羅列であれば、かえってすらすらと記憶の底から呼び起こすことだってできるのに。まったく、僕の頭の記憶装置というのは、この上なく気まぐれなブラックボックスだった。


 

 このお話は―本当にくどくほど説明してるけど―フィクションであり、

実在の人物・団体とは何の関係もありません。たんなる習作ですからね(笑)


心に写りゆくもの(2)

IMG_6345+(2)_convert_20081206230150.jpg冬を彩る花
IMG_6358_convert_20081206233458.jpg 花
IMG_6359+(2)_convert_20081206232803.jpg また花を追う日々。
IMG_6361+(2)_convert_20081206234022.jpg 空は澄みわたり
IMG_6354+(2)_convert_20081206233311.jpg 冬の日差しは大地に影を投げ落とす
IMG_6353_convert_20081206232125.jpg レンガ造りの壁にも。
IMG_6349+(2)_convert_20081206231607.jpg そして今日も僕は走るのだ。

安息日としての今日

 ブログの更新が、またしてもこんな時間になってしまった。
 そもそも帰宅したのが午前1時半。今日は今学期2度目の「午前様」なのである(…こんなこと自慢してもしようがないけどさ)。今日はその言い訳日記。

 今日は(正確にはもう昨日だけど)、日本語能力試験を直前に控え、夜の定例「朗読会」を休みにしたため、夜の予定がぽっかり空いた。そこへまさにナイスタイミング、L老師から電話で「今日は久しぶりにD老師と一緒に飲みましょう」と誘われ、D老師の宿舎で酒盛り。
 男三人、アルコール60度の白酒を酌み交わせば、話題は、学校・学生のことから教育、政治、日本文化、歴史などなど、尽きることなく広がり、瞬く間に時間は飛び去って行く。そうして気がつけば、早や午前1時。D老師があくびをかみ殺し、時計にちらりと目をやったのを合図に(D老師、こんなに遅くまで騒いでてゴメンねー)、ようやく散会となった。
 それにしても、こういうメンツでお酒が入ると、僕はとたんに多弁になってしまう。いわば「ご機嫌おしゃべり上戸」といったタイプ、らしい。このため、本日のランニングも節煙もひと休み。それでもブログ日記を中断しないところなどは、わがことながら筋金入りの「ブログ依存症」ぶり(…こんなことを自慢してもしょうがないけどさ。…って、さっきもそう言ったっけ)というべきか。うーむ。
 でも、ま、お酒もつまみも話も実に美味しくいただけました。これからのひと月、年末年始(中国は「農暦」中心社会なのでまだ年の瀬という雰囲気はないけど)学期末を控えて、あれこれと予定が入っている。下手をすれば息をつく暇もなくなりそうな予感もあるだけに、貴重なエネルギーチャージのひと時となった気がします。というわけで、ここは何はさておき、L老師、D老師に、感謝感謝。

 帰宅したら、また急にお腹がすいてきたので、深夜のパスタ料理。今宵は鷹の爪、ベーコン、アガリクス、パセリで、アラビアータ風一石亭パスタの出来上がり。これまたおいしく平らげてしまいました。 これでも太れない自分が不思議だけど、とりあえず明日またがんばって走ってカロリー消費しなくちゃ。

 現在午前2時半、しかしまだ目が冴えている。このままだと際限なく書き続けてしまいそうなので(書き過ぎ症候群―笑)、なんとか自分をなだめつつベッドに入ることにしましょう。ではでは、みなさんおやすみなさい。目覚めたあとの新しい1日がみなさんにとってよい日でありますように。

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冬にふにぃーとふやける幸せ、見つけた

 珍しく天気予報が当たって、今日は朝からグンと冷え込んできた。
梢を鳴らしていた夜半の風に、葉のほとんどを落とされたプラタナスの並木がすっかり裸に近い姿を晒している。宿舎の脇にあるゲートボール場のコートも一面枯れ葉に覆いつくされていた。枯葉を踏んで歩くと、足下で乾いたカサカサという音は教学楼まで続いた。また一歩本格的な冬へ。明日は最低気温が零下になるとのこと。

 ところで武漢の冬は思いのほか寒い。夏の暑さばかりが強調されているが(中国では武漢・重慶・南京を三大竈[ないし溶鉱炉]と呼ぶ)、冬の寒さも決して侮れない。長江以北であれば、一般にスチーム暖房(暖气nuanqi)が完備されているが、あいにく、ここ武昌は長江の南岸である。エアコンはあっても、天井の高い中国の住宅では効果は薄い。その上、去年は60年ぶりの大雪にも見舞われ、僕は文字通り凍え死ぬ寸前であった。
 今年の夏、コタツを日本から輸送したのも、この冬を快適に乗り切るためであった。すでにコタツは我が家で八面六臂の大活躍をしてくれている。そして僕に残された課題は「お風呂」問題であった。中国一般家庭では入浴の習慣はあまりない。したがって、家庭には簡単なシャワー設備しかないのが普通である。しかし寒い洗面所でシャワーを浴びても、温水器の容量も少ないこともあって、とても体を温められるようなものではないので、寒さに震えながら体をぬぐい、大急ぎで着がえるしかない。さもなければ、風邪をひいてしまう恐れがある。

 かくして、お風呂の導入は僕にとってまさに死活問題となっていたのであった。が、このたび、無事に、というか暫定的に、この問題はあっさりと解決をみた。お風呂の代用品を武商量販で発見してしまったからである。その代用品とは…プラスチック製衣装収納ケース(半透明)。これをシャワールームに持ち込み、水を溜め、キッチンの大鍋で沸かした熱湯を加えて適温にするだけ。下半身浴にはこれで十分である。体が温まってきたところで頭上から温水のシャワー。気分はこれだけでもう最高、とりわけ去年のつらさを思えば、ね。ただ、僕が便器脇の衣装ケースの中でふにぃーっとふやけてしまってるシーン、想像してみない方がいい、と思う…。ヤバすぎる。でも、いいのだ。誰が何といおうといいのだ。そのおかげで、今年の僕はもう零下だろうが氷河期の到来だろうが恐れたりしないで済むのだから。

 きっとお風呂の湯気のスキマには目には見えぬ天使が飛び交っているのだ。
 

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引越しの話(3)

 先週末あたりからブログへのアクセス数がガタ減りである。いよいよ日本語能力試験も間近とあって、とても僕のブログなんかにかまっている暇はない、というところか(泣)。「まず先生のブログ読んでからでないと勉強する気になれない」とか「ホントは勉強しなきゃだけど、先生のブログが気になってさぁ…」とか言ってもらえるほどの内容ではない、という自覚を僕も持たなければならないらしい。しくしく。試験が終わったら、みんなまた戻ってきてくれるだろうか。
 …などというしおらしいことを考えるタイプじゃないようなのだ、僕という人間は(笑)。そういうわけで、
読み手が少ないことを幸いに、今宵もこうしてひたすらたらたらとブログを書き足してしまう僕なのである。    

***


 久しぶりに「引越しの話」の続編を。今日は和歌山の話である。

 和歌山は大阪の南、紀伊半島の西側に位置し、江戸時代には御三家の一つ紀州徳川家がこの地を治めていた。市の中心部には和歌山城が小高い丘の上にそびえ立っている。その年の僕の「実家」は、和歌山城の南側、和歌の浦近くの公務員宿舎であった。その年、というのは、僕にとって人生の大きなターニングポイントになった年で、僕は28歳だった。健康を害して2度の入院、退職、帰省と、どん詰まりの人生に僕は直面していたのだった。その上、帰省した和歌山の大学病院で左の「親知らず」を抜かれ、死ぬような思いまでした。
 療養を兼ねて、僕はその年の夏、何もせず、いや、何をしたらいいか皆目見当もつかず、実家から和歌山城までの片道数kmの道をあてどなく彷徨い歩いた。本当にそれよりほかに、するべきことを見いだせなかった。照りつける日差し、足下に凝縮する黒い影。その影だけを僕は見つめて来る日も来る日も白い道を歩き続けた。それは僕にとっては小さな「巡礼」の日々であった。

 漠然とした夢だけが、28歳の僕に残されていた、たった一つの財産だった。

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三日月の空の下 髪を断ちて 声援を聞く

 昨日の夜のこと。自宅(武漢の)電話が鳴った。受話器を取ると、2年生である。今学期、僕は2年生を担当していないので、一瞬、「ん?」
 「先生、明日の夜の授業のとき、5分間時間をいただけませんか?」
 夜の授業というのは、3年生の「日語写作1」(日本語作文)である。
 「先輩方は今週末、日本語能力1級試験がありますね。私たちはぜひ応援の言葉を差し上げたいです。」
 しかも、これはサプライズ、3年生には内緒にしておいてほしい、という。何ともかわいい申し出(笑)に、否やはあるまい。笑ってOKを出す。受話器の向こう側から指南役D老師の声が聞こえてくる。D老師は、つねにこういう心細やかな配慮をしてくれるのである。おかげで我が日本語学部は、おそらく他の学校と比べても胸を張れるほどのアットホームな雰囲気にみち満ちている。
 今日の夜の授業では10人ほどの1、2年生が教室に現われ、教壇の上から3年生に、日ごろの感謝の気持ちと合わせて「試験、がんばってください」の声援。3年生も起立して後輩たちの気持ちに応える。
 かつての僕なら、こういう応援は見ているだけで気恥ずかしく、どうにもダメだったのだけど、最近は何となく「うんうん、いいなー、こういのって」と思ってしまうようになった。それだけ、学生が素直なんだ、とあらためて思う。日本で報道されている中国人学生の姿だけが「真実」ではないことを、日本の方々にも知ってもらいたいと思うのは、まさにこういうときだ。
 後輩の声援に応えられるように、先輩諸君は、ぜひとも頑張ってもらいたい。できればセルゲイ=ブブカ並みの(?)余裕をもって、軽くクリアしてほしい、というのが、僕のささやかな願い。

***

 僕は、夜の授業を前に散髪。長くなりすぎた髪を切った。僕は中国にいるときはもっぱら自分の髪は自分で切る。理由はいろいろあるけれど、一言でいえば僕が「人見知り」するせいである。知らない人に髪をいじってもらうのは、どうも気(ないし腰)が引けてしまうのだ。日本にいるときもそうで、髪は決まった床屋でしか刈ってもらわない(もらえない)。

 髪型について、特に3年生から笑われたりはしなかったから、まあ、いいか、って感じの仕上がり、なんだろうな、たぶん。全然自信はないけど…。


 窓の外には、ほそい細い三日月。


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モノクロームとしての12月

 いよいよ12月に入り、年の瀬を迎えました。すでにお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、このブログは、月ごとに背景(テンプレート)の模様替えをおこなっています。ということで、今日からちょっとクリスマスっぽい雰囲気に変えてみましたが、いかがでしょうか。

 クリスマスといえば「ジングルベル」の歌を僕はすぐに連想します。そしてシャンシャンという軽やかな鈴の音とともにジングルベルの歌が聞こえてくると、僕はなぜか「景気に沸く1970年、東京銀座の風景」をモノクロームで思い浮かべてしまうのです。記憶から色彩が抜け落ちているのは、当時の我が家のTVが、ひょっとしてまだカラーTVではなかったからなのかもしれません(我が家にカラーTV がやってきたのはいったいいつのことだったんだろう?)。暖かそうなコートに身をくるみクリスマスプレゼントを物色しながら銀座を闊歩する男女の姿を、TVがジングルベルの歌に合わせて映し出す。当時まだ片田舎の貧しい小学生だった僕は、それをまるで遠い世界のおとぎ話を見るような気持ちで眺めていたのでしょうか。そのときの心持はよく覚えていませんが、あれから何十年という月日が流れ去った今も、モノクロームの記憶だけは、色彩を持たないがゆえにいっそう輪郭を鮮明にして、よみがえってくるのです。

 さて、年のはじめにたてた「一年の計」。達成できたものもあり、いまだスタートすら切っていないものもありで、1年最後の月を迎えるにあたって、やや焦りに似た気持ち、忸怩たる思いもないではありません。ちょっと待ってー、と言いたいところだけど、言ったからとて、時間がとまるわけでも、逆戻りしてくれるわけでもない。ま、いいか。あとひと月、できることから順に仕上げていこう。残ったものは来年に持ち越し、ってことで。

 


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「お風呂を買ってルンルンしよう」(12/18)中国語訳が追加されました。2008-12-20 NEW

「夢が試される場所」(12/11)中国語訳が追加されました。2008-12-20 NEW

「16Daysのカウントダウン」(12/16)中国語訳が追加されました。2008-12-18 NEW

「お風呂を買ってルンルンしよう」(12/18)語注が追加されました。2008-12-18 NEW

「焼きうどん のち メランコリック」(12/17)中国語訳が追加されました。2008-12-17 NEW

「原点へ、原点から。」(12/15)語注が追加されました。2008-12-16 NEW

「夢が試される場所」(12/11)語注が追加されました。2008-12-11 

「夢の背中」(12/10)中国語訳が追加されました。2008-12-11 

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一石亭華中

Author:一石亭華中
ようこそ、本ブログページへ。
一石亭は中国在住8年目を
迎えました。
でも中国語はまだ初歩の初歩。
趣味は「お仕事」と散歩、それに写真撮影。
あ、それからお昼寝も…趣味のうち、かも…。

YouTube今週のウタちか

凹んだとき、元気がでないとき、僕を支えてくれ、力づけてくれるウタを週替わりで紹介します。ちょっと古い歌が多いかも…ですが。今週も「ちょっと切ない歌」を。

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