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11月最後の週末報告

 ここのところ週末の夕べは決まって「お鍋パーティ」で、ひとりぼんやりと過ごす、などということはない。昨晩は久々のXYZトリオと寄せ鍋で今晩はWさんと四川鍋。もうコタツ部屋は「宴会コタツ鍋」部屋と改名しなければならないかもしれないほどの賑わい。

 節煙宣言から今日で5日。この週末は1日1本のペースを守っている。たいして苦しいわけでもイラつくわけでもない。かえって、こんなものかと拍子抜けしているほどである。実は、そう思わせ油断させておいてから、1週間目あたりにドカンと禁断症状が出て、のたうちまわる、なんて展開になったりは、しないのだろうか…と、そのほうがよっぽど心配である。

 ランニングも順調。鍋腹(=お鍋を食べ過ぎて満腹状態)でも、4000mは問題なく走れることは、昨日・今日の試走で確認。ちなみに今日は4400m。

 あれこれと自分改造計画を実施に移し始めた11月。それも今日で終わり。明日からはいよいよ12月。世間では忙(せわ)しない師走(しわす)である。が、僕の場合何のことはない、もうとっくに走りはじめているのだ。

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It's my life.  さよならコンプレックス

 実を言うと、僕はコンプレックスの塊である。
 基本的には、運動はからきしダメだし、音楽もダメ。音感がない上に、リズム感もない。勉強にしたところで、変わりはない。
 僕はおバカな小学校時代をすごしたあと、中学校では勉強に集中した。自分のおバカぶりに気がついたからである。おかげでそこそこの成績はとれたし、そこそこの高校にも入れた。ところが、高校に入って、中学時代のガリ勉がかえってコンプレックスのもとになった。「オレは中学校時代人一倍勉強したからこの成績がとれた。でも他の奴らはオレの半分の努力で似たような成績をとっているんじゃないか」と。
 ことほど左様に、僕は何かにつけてコンプレックス漬けの日々を送ってきた。そして、今だに僕は自分の中に自信の持てる部分というものを持つことができずにいる。

 そういう自分に愛想が尽きたといえば、ちょっと語弊があるけれど―ある意味、似たようなものかもしれないけれど―コンプレックスなんてしょせんはただの自意識過剰で、他人から見ればどうでもいいようなことばかりなのだ、と割り切ることにした。

 カラオケだって音痴でいいじゃん。
 フルートだって音程をはずして、音がかすれたって構わないよね。
 美的センスのない写真を撮ったって、人に迷惑をかけるわけじゃないし、
 とろとろ走ってもいいんじゃないの。

 タバコだって、ちょっとずつ減らしていこう。僕にだってできるさ。

 
So, it is my life.
 

 

試練の週末へ

 今週は、いま一つ頭の働きが鈍いような気がする(いつもと全然変わりませんよ、と言われたらそれまでだけど)。とりわけ今日は、わざわざここに書いておきたいというほどの「思い入れのあるネタ」がひねり出せない。うーん、週末を前に思考回路にも自動停止装置がかかったか。
 仕方ないから、昨日の話を続きを。
 つまり「節煙」の話だけど、これはとりあえず今日も続いている。たばこを吸うための条件を厳しくしているので、昨日の喫煙本数はたった2本、今日は23:00現在でまだ1本だけ…僕にしてはちょっと「できすぎ君」である。明日あたり、我慢ができなくなったりするのだろうか…喉をかきむしりながら眼を血走らせ「煙くれぇ」と断末魔の叫び声を上げたりして…。

 昨日の「タバコやめる」宣言に対しては、実に大勢のみなさんから応援のメッセージをいただきました。ありがとうございます。でも、おかげで、もうそう簡単に断念することが出来なくなっちゃったなぁ。ここで失敗したら自分がいかに意志薄弱かをみんなの前でさらけ出すことになるんだよなぁ。うーん。 あー、いつもならここらでそろそろ一服、のはずなのに!くぅうううううう…と早くも悶絶気味。

 あと数日間、きっと僕は我が家で「ああ、ダメ、いけないわ、そんな弱い心では…あはん。もう、手を出しちゃダメ」とひとり苦悩の極に達しているに違いない。

 ああ、試練の週末に、いよいよ突入です。

 主よ 哀れなおサルさんを救い給え!

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灰皿の消えた夜

 今日も、ブログの更新がこんな時間になってしまった。最近は、たいして忙しい、というわけでもないけれど、あれこれチャレンジを抱え込んで、少し気分的にゆとりがなくなっていることも確か。
 というわけで、今日の午後はすべての予定をキャンセルして、部屋の中の陽だまりを枕にしばしの午睡。エネルギーチャージの時間。
 目が覚めたらもうとっぷりと日も暮れていて、目覚まし時計の針は6時半を回っていた。それでも幾分かは気力も回復。よし、と自分に掛け声をかけて、近くのスーパーまで晩ご飯の材料の買い出しに出かける。今晩は、さつまいもを使って具だくさんの豚汁を作りました。豚肉(脂身の多い五花肉)、玉ねぎ、にんじん、キノコ、白菜、油揚げ、長ネギを大鍋でぐつぐつ煮込み、最後に味噌、唐辛子、ごま油で味を調える。煮込んでいる間にご飯を炊き、ひと段落ついたらもう、8時半。食べる前にひと汗かいてこようと、運動場を12周(4800m)走ってきた。今日の走りはずいぶん快調。日によって体調にずいぶん差があることを、走ることで確認している僕である。

 ところで、僕にとって、もっとも難しいチャレンジの一つが「禁煙」。何といっても「朝ごはんは?」と聞かれて「コーヒーとタバコ」と答えていた僕である。「禁煙」というのは全くもって自信がない。でも、今回は少し作戦を考えながら、ちょっとずつ禁煙に向かって走っていこうと思う。何ごとも無理は禁物、特に僕のような意志薄弱な人間は、自分をうまくごまかしながら、目標に向かって自分を追い立てて行かなくてはならない。

 ま、とりあえずは人前では吸わない。教学楼や自宅のリビング、寝室、コタツの間でも吸わない。たばこを持ち歩かない。タバコは自宅キッチンに限定してみる。キッチンドランカーならぬキッチンスモーカーへの道が第一歩。

 さてさて、行く先どうなりますことか。とりあえずは、キシリトールのガムや干しブドウ、豆も買い込んで、勉強部屋でもぐもぐ食べながら、このブログを書いています。
 
 でも、灰皿が消えてしまった机の上は、やっぱりちょっぴりさびしい僕の節煙初日。

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天使のささやきが聞こえる

 夕方、日が沈んでから風が強くなりはじめた。木々の梢が揺れ、木の葉をサワサワと鳴らせている。街路にはさまざまの枯れ葉が降りしきっていた。どうやら寒冷前線が近づいてきているらしい。明日は冷え込むそうです、とこんな時間まで買い物に付き合ってくれたW君が教えてくれた。

 さて、ここのところ「走り」ネタが続いて、みなさんには「あ、またか」と思われてるころかも知れないし、実際走りはじめて今日で11日目。そろそろ走ることが僕の生活の一部に定着しはじめてるような気もするので、このネタは今後しばらくお預けにしたい。だから、これまでに言い忘れていたことを、ここでまとめて書いておくことにします。
 そもそも、急に走りはじめたことに対して「どうして急に?」とか「無理してかえって体を壊すんじゃないの?」とか、その手の心配をしてくださる方も少なくありませんでした。確かにこれまで僕は「走る」のは性格的に向かない(僕は勤勉でもないし、忍耐力も、持続力もない…自慢してもしょうがないけど)と思っていたし、走ろうなどと考えたこともなかった。ところが先日、「ふと」走ろうと思ったとき、「これがたぶんたった一度のチャンスで、このタイミングを逃したら、もう2度と走ろうとか運動しようという気にはならないだろうな」という、かすかな予感めいたものが頭をよぎったのでした。これはきっと天使のささやき― Hey,boy! It's your last chance, you know? ―であり、一度聴き逃したが最後、気まぐれな天使は二度と意志薄弱な僕の耳にそんな「健全な思想」を吹き込んではくれなかっただろう、と思う。だから、思いついたその日に走りはじめたのは、僕にとっては「正解」だったのだ…たぶん。

 <人生には、今この時を措いて他にない、というタイミングのようなものがある。>

 これもまた僕が手痛い失敗の山を築いて得た数少ない教訓の一つである。

 そして実を言うと今、別のことにもチャレンジ中である。ただし、こっちは「三日坊主」すらならずに終わってしまう恐れも大。だからまだその内容は内緒、ということで…。今日はまだ天使のささやきは聴こえない。

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満天の星を探して

 今日の本科3年生の夜の授業は「日本語作文1」。授業の前半は先週の宿題についての講評に終始する。後半のお題は「我生活的城市(私の住んでいる町)」。いつものように話は脇道にそれ、なぜか関連語句の「おふろ」の話から「銭湯」の話題に、そして気がつくと何の関係もない夜空の話になってしまっていた。
 僕があこがれているのは、満天の星。夜空を流れる天の川を仰ぎ見ることである。高校時代に見て以来、漆黒の天空に横たわる銀河は、目を閉じなければ見ることができない光景になってしまった。もちろん武漢では、どんなに天気のよい日でも、僕の今の視力では星はほんの数えるほどしか見ることができない。
 ということで、ふと思いついて学生に質問。
「今でも故郷で、天の川を見ることができる人いますかー?」
 …イター!ただし彼女のふるさとは、武漢からバスでウン時間…。鉄道は通ってない、らしい。
 ああ、もう満天の星に再会するには、気が遠くなるほど長いバスの旅にお尻を痛めながら行くしかないのだ。
 でも行ってみたい。来年の夏休み、みなさん修学旅行しませんか、彼女のふるさとまで。

 授業のあと、暗闇の運動場のトラックを走る。夜空には小さな星が二つ瞬いていた。

 ちなみに、今日はインターバルなしで4000mを走って、気分よく宿舎に戻ってこれました。これからコーヒーを飲んで、ちょっと休憩タイム。そのあとシャワーを浴びて、もう一仕事、の予定。
 
 ということで、今日もまた、可も不可もなき、平凡ゆえに幸せな一日として過ぎていきます。

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反省ザルふたたび。「U盘大捜査線」の巻

 今日は久々にドッガーンと凹んでしまった一日だった。
 朝起きたときは、よかった。天気もいいし、睡眠時間もたっぷりとれたから、フンフンと鼻歌交じりにお洗濯をして、「さあ、今日はバリバリ仕事を片付けよう」と、ご機嫌で机に向かった。 そう、本当にそこまでは朝日の中で天使がラッパを吹いてくれていたのだった。タリラリラ♪って。ところが…

 まず、データをとりださなきゃ、っと…あれ?U盘どこに置いたっけ。いつもの場所にないや(タリラリラ♪)。バッグの中だったっけ?あれ、やっぱりない。んー、(タリラ…♪)上着かズボンのポケットに入れたままだったのかなぁ?う、ここにもない。あっれー???(遠くで映画「JAWS」の音楽が聞こえはじめる><)もしかして教研室のパソコンに差し込んだまま、ってことないよな。ちょっと行ってこよう…しばしの後…な、な、無くなったー、うわわわわわわぁ(汗・汗・汗)。ど、どうしよー、えと、えと、あの、んと、落ち着け落ち着け自分。金曜日の授業で使ったところまでは確実だから…あ、あの教室かー?

で、とうとう本格的に大騒ぎ。Xさん、Pさんを巻きこんで(すみませんお二人さん)、僕のU盘大捜査線が敷かれることに。教室管理の先生や教務担当の先生まで煩わせたものの、ついにU盘は発見されず、捜査は打ち切りに…。大切な資料が入っていたのに、すっごく大切だったのに…(涙・涙・涙)。

宿舎に戻って、100%エネルギーダウンして凹んでいたその時、Xさんから電話。
「先生、そのU盘、Lさんが持ってますって」

突如「圧縮忘却カテゴリー」に入れられていた記憶が解凍された。そそそそそそそうだったぁーっ>< 金曜日の授業のあと、全員に渡す資料をコピーしてもらうためにLさんにわたしていたんだっけー。

はぁぁぁぁぁぁ。安心と、自分のあまりのおっちょこちょいぶりに対する情けなさに思わずため息がもれる。

…関係者の皆さん、大変、大変、ご迷惑をおかけしたしました。
今宵の僕は、平身低頭、ゴメンナサイの反省ザル…。

罰ゲームとして、あとで4000m校庭を走ってまいります。



食べて走って観て―続・週末お気楽日誌

 昨日に引き続き、今日も4年生別グループ5人が遊びに来てくれました。今日のお昼は、例によって和風鍋。Wさんと一緒に武商量販へ買い出しに出かけたものの、途中でパソコンショップに引っかかってふらふらっと入ってしまったため、大幅な時間ロス(道草は僕の数少ない特技の一つである…って、あれ?昨日も似たようなこと言わなかったっけ?)。

 正午には残りの4名も登場。ワイワイガヤガヤゴロゴロすっかりくつろいだ感じでお鍋を囲む。みんなコタツを気に入ってくれてるみたいで、僕としてはとてもうれしいんだけど、座るのが大変そう。僕の正坐に全員「えー、すごいぃ。」食事中ぐらい正座を崩さずに過ごすことができるようになってね(これだって立派な異文化体験、決してイジメじゃないですからねー)。

 

 午後3時半。学生たち(コタツで寝てるWさんを除く)が後片付けをしてくれてる間に、僕はお着替えをして、ランニングの準備。今晩は配音比賽(アフレコ・コンテスト)本選があって夜は走る時間が確保できそうにないので、この時間に走っておくことに。帰るみんなと一緒に出かけ、僕ひとり体育場へ。トラックの内側ではサッカーの授業をやっていて、トラックを走る人影はなかったけれど、そんなことにはお構いなし。おじさんは一人勝手に走るのである。

 ところがいったん走り出したものの、最初から体が重い。カラダが文句を言っている。「ええぇ、何?こんな時間に走るのぉ?さっきお鍋食べたばかりじゃん。うわぁ、まいったなー、冗談でしょ…っておいおい、こいつ本気で走り出してるし。…しくしく」って感じで。

 最初の2000mは何とかクリアしたけど、インターバルのあと体が軽くなってくれない。重い感じを引きずったまま400mトラックを3周したところで「これ以上走ったら、黄信号出すからねっ、しくしくしく」とカラダに泣きつかれて、本日のメニュー、少し少なめにして終了。本日は3200mでした。うーん、ま、いいか。無理せず、また明日がんばろう。

 

 いったん帰宅後、ブログをとりあえず更新。これからシャワーを浴びて着替えを済ませてから、夜のコンテストの応援に行ってきます。帰ってきたら、もう少しここに書き足す予定ですので、また後ほど。ではでは。



21:40 ただいま、外国語学院「金話筒杯配音大賽」本選を終えて帰ってきました。各学部選りすぐりのチームだけあって、なかなか見ごたえがありました。が、作品の選定や配役の妙という点で、日本語学部のチームの一つが(ひいき目なしに)ずば抜けていましたね。本当に見事な一等賞でした。

 受賞も素晴らしいと思いましたが、どのチームも、メンバーがお互いに支え合い、励まし合ってしっかりと準備してきたことがはっきり分かる出来だったのが、僕には何よりうれしかったです。

 今日は、彼らと、彼らを一生懸命に指導してくださったD老師に心からの敬意をこめて拍手の嵐を。

 

食べて走って―お気楽週末日誌

 今日は早めに起きて部屋を掃除して、洗濯物を片づけて…と思ってたのに、目が覚めたら10時近く。

11時半には4年生4人が来ることになっているので、けっこう焦って飛び起きる。お昼ご飯にカレーを作る約束だったのだ。着替えるのももどかしく、群光広場地下のスーパーに買い出しに。今日はちょっと贅沢ビーフカレー。

段取りが悪く、11時半の時点では、まだポテトサラダも未完成。4人がハラハラ見守る中、サラダを完成させ、それからビーフカレー作りに取りかかる。圧力鍋がないので、煮込み時間が足りなかったけど、やむなし。午後1時何とかカレーも出来上がり。5人そろって「いただきますっ!」パクパク…まさに「空腹に勝る調味料なし」を地で行く今日のランチタイム(笑)。食後のデザートはプリン。あれこれとおしゃべりをして楽しい午後でした。

夜は例によって(とそろそろ言っても許されるかなー、へへ)ランニング。今日はインターバルをはさんで2000m×2、あわせて4000mにチャレンジ。最初の3日間は、走ることそれ自体に対して「ん、何なの?走るの?マジ走るつもり、えと、あの、おいおい…ひゃー」とカラダがびっくりしてましたが、昨日あたりからは体の方もアキラメがついたのか「はいはい、どうせ今日も走るんでしょ、どうぞどうぞ、お付き合いさせていただきますよ」と渋々ながらも「気持ち」についてきてくれるようになりました。とはいっても、まだまだよちよち歩きのランニングですけど。いっぱい気持のいい汗かきました。

気分すっきりしたところで、このブログ、と。人さまが見たら、「なんてお気楽な先生稼業」と呆れられてしまいそう。しかも、当たってるだけに…しくしく。

新・海辺の街のお話(第6回)

 シンシンが帰ってしまったあと、僕は文字通り「一人取り残された」ような心細さにとらわれた。まるでだだっ広い南極の氷原で、両親を見失い、群れからもはぐれてしまった皇帝ペンギンの子供のような気分になった。

やれやれ、と僕は意味もなくため息をつく。そうして、あらためてはこれから当分の間自分の住処となる部屋を見渡した。入口のドアを背にして右がキッチン、左がバスルーム。バスルームには大きな鏡を備えた洗面台とトイレ、それにバスタブ、シャワーがついていた。中国にはたいていはシャワー設備だけで、バスタブを備えた施設は少ないと聞いていたので、それがたとえ今にも水漏を起こしそうなくらいくたびれきったバスタブであっても、うれしかった。人の幸せというのはたいていそういうものだ。

 入り口の正面は10畳ほどのリビングになっていた。窓際に木製の机と椅子。色も形も大きさもてんでばらばらな本棚がふたつ。机のわきには幅広のオーディオ用キャビネットが置かれ、その上には海信(ハイセンス)の旧式TV。机の向い側の壁ぎわには、がっしりとした木製の食卓が置かれていた。

 窓には、夏にしてはやや厚地のモスグリーンのカーテンがかかっていた。カーテンを開くと、キャンパスの向こうの漆黒の海に船灯りがゆっくり移動しながら一つ二つ点滅しているのが見えた。

 リビングの右側にはもうひとつのドアがあり、開けるとそこが寝室になっていた。寝室にはシングルベッドが2つ。それぞれの枕もとの壁には読書灯がしつらえてある。壁際には背の高い木製の衣装ダンスがひとつ。全体としての雰囲気は、日本の場末のビジネスホテルの部屋を、どういう手違いか設計師が普通の1.5倍の規格で線を引き、さらに疑うということを全く知らない世界一正直者の施工業者がその設計図の通りにつくってみたらこうなった、という感じだった。天井は高く3m以上もあり、思い切り飛び上ってみても指が天井に触れることなどとうてい不可能なほどの高さだった。これならアフリカに住むキリンの親子だってペットとして飼えそうだなと思った。
 ベッドに腰を下ろすと、急に疲労感がその腰のあたりからせり上がってきて、もう荷物を解く気にはなれなかった。僕はいつの間にかウトウトしはじめ、電話のベルにたたき起こされるまで、すっかり眠りこんでいたようだった。
 リビングの机の上に置かれた電話の受話器を取り上げると、さっき別れたばかりのシンシンの明るい声が飛び込んできた。
 「先輩、もうお休みになってました?帰る途中で美味しそうなスイカ見つけたので、お届けしようとそちらに戻ったんですけど…」
 「え?ごめん、気がつかなかった。どうやら転寝してたみたいだ」
 「だと思った。ふふ、ドアをノックしても返事がなかったので、ドアノブに袋ごと掛けておきましたからね。どうぞシャワーのあとででも召し上がってみてください。お疲れでしょうけど、そのままの格好でお休みにならないようにね」
 「うん…」

 やれやれ、すっかりシンシンのペースだ。僕は言われたとおりに、シャワーを浴び、シンシンが置いていってくれた甘い小玉スイカをたいらげ、歯を磨いて、それから少しばかり糊の効きすぎたゴワゴワわするシーツをめくり、ベッドにもぐりこんだ。
 僕はどうやらすぐに熟睡したらしい(自慢するわけではないが、いつでもどこでも3カウント数える前に眠ることができるのは僕の数少ない特技の一つだった)。こうして僕の中国での1日目は過ぎていった。

(つづく)

 

※前回までのお話は、右下のジャンル名「フィクション」をクリックすると読むことができます。

第3期「朗読会」開始

 今日は、夕方6時半から今学期はじめての「朗読会」。
 本来なら今月の初めにスタートするつもりだったけど、始めようとするたびに何か別用(運動会とか寸劇コンテストの審査とか、その手のこと)が入って延び延びになっていた。ずっと待っていてくださったみなさん、本当にお待たせして、すみませんでした。
 なお今回は、3年生が日本語能力1級試験直前でもあり、4年生は就活に関心が向きはじめてもいるので、何人来てくれるかまったく予測不可能でした。そのため、わざわざ教室を借りてもらうのも申し訳ない気がして、結局僕の宿舎でやることにしたわけです。通称(?)「コタツ部屋」で(この部屋はもともと10畳強のフローリング仕様だったんですが、日本から畳マットを6枚運んできて、さらに今回コタツを置いたため、ちょっと摩訶不思議な「和」空間に変身しています)。ここに今日は3、4年生合わせて18人がやってきました。人はこれを「すし詰め」状態といいます。それでもみんな和気あいあい、肩を寄せ合って、村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』の朗読、それにつづいて質疑応答をしたりして、けっこう充実した2時間を過ごしました。
 あ、そう言えば、うちには玄関に沓脱ぎスペースがないため、入り口ドアの外に18人分の靴やブーツがあふれ出してしまうことになり、これは見ていてちょっと壮観でした。そのため、少し遅れて到着した学生が恐れをなし(?)というか遠慮をして帰ってしまったのでした。あとで当人からメールをもらって、大変申し訳ない気持ちになってしまいました。大丈夫だよ、うちの部屋は定員20名だと今日判明しましたので、この次はバーンと入ってきてくださいね。ただし、「遅刻厳禁!」ということで。
 もうひとつ、今回は事前通知を控え、ほとんど口コミで「朗読会」再開のお知らせをしたので、ご存じなかった方もいらっしゃるかもしれません。来週以降も学期末まで引き続き朗読会は開きますので、先着20名様で、お越しをお待ちしております。

 朗読会のあと本の貸し出しをして、最後に残った学生と一緒に外出。僕は5日目を迎えたランニングのため体育場のトラックへ。今日は間に1回インターバルを入れて1600m×2の合わせて3200mにチャレンジ。だんだんと体がついてくるようになりました。これからも先は長いので、無理をせず、ゆっくりと走ることにします。

 ではでは。

 みなさん、よい週末を!

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心に写りゆくものたち

IMG_6176 (3)  プラタナスの葉も散り急ぐ季節

IMG_6177 (3)  空の色が深くなった

IMG_6178 (3)  どこにでもありそうな風景に心惹かれて

 IMG_6179 (3)  見上げる空に白い雲

IMG_6182 (3)  明日もいい天気になあれ

 

… 

同じ季節を生きる君の 明日の幸せを祈りたい僕です。 

教訓 「些細なことこそ細心に」

 日本から初雪の便りが届く、いよいよ冬本番である。武漢も朝夕はかなり冷え込むようになった。学生たちのファッションも冬らしい装いに変わってきている。それでも今週は好天が続き、日中はきれいな青空が広がって、日差しも暖かで穏やかだ。日当たりのよい芝生は、本を読んだり、語らいあう学生たちにとって、絶好の「くつろぎスポット」となっている。

 月曜日から始めたジョギングも、今日で4日目を迎える。とりあえず「三日坊主」の汚名は免れることができそうで、ちょっとだけ胸をなでおろしている今日の僕です。(ほっ。)
 もっとも、インターバルをとりながらの2000mでさえ息が上がってしまう今の自分…我ながらまだまだ情けない状況であることに変わりはないんだけどね。しかし、何ごとも最初から飛ばし過ぎると長続きしないことは、これまで繰り返してきたさまざまの「三日坊主」的経験が、僕にささやきかけてくれた貴重な教訓(?)である。今のところは、筋肉痛に苦しむ左脚が「ま、あまり無理をせず、少しずつ慣らしていこうよ」と夜毎に僕に訴えかけている、って状況です。

 あ、そう言えば、昨日走り終えて、宿舎に戻ると、妙に右足の人差し指が痛い。靴下を脱ごうとしたら血が滲んでいた。見ると、中指が血にまみれている。どうやら中指の爪が少し伸びていて人差し指を傷つけたらしい。爪の手入れなんて、日ごろは気にもとめない瑣末なことだけど、案外こういう些細なことに細心の注意を払うことが大切なんですよね。こんなことって、人生にはけっこう多いんじゃないか、って気がする。

 
重要だと思えることに対しては大胆に。
  つまらないと思えることにこそ細心の注意を。


 まったくどんな些細なことにも「教訓」というのは見いだせるものなんですね、ほんとに。

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引越しの話(2)甲子園の青い空

 父親の転勤先であった、兵庫、大阪、奈良、和歌山、徳島には、それぞれに夏の記憶が僕の心に鮮明に残っている。というのも、僕が父母のもとに帰省するのはせいぜい年に一度か二度、盆と正月ぐらいのものだったからだ。それにしてはなぜ、正月に結びつくような記憶を僕が持たないのか、そこのところは自分でもよくわからない。とにかく、僕の胸に焼き付いているのは、照りつける真夏の日差しであり、地面にくっきりと映る自分の黒い影であり、さまよい歩き続ける僕の目に映る見慣れぬ町の風景であった。
 兵庫では、阪神電鉄「甲子園駅」から歩いて20分ほどの公務員宿舎が僕の夏の「帰省先」となった。ちょうどその年の夏の高校野球は、大阪代表のPL高校と山口代表の宇部商業が決勝戦で激突することになった。のちにプロ野球で活躍する桑田(巨人)、清原(西武)を擁するPL高校は前評判も高く、順当に決勝に駒を進めていた。対する宇部商は、いく度かの手に汗握るような接戦を制してようやく勝ち上がってきたのだった。ふるさと山口の代表が勝ち残っていることもあって、僕は決勝まで連日自宅から歩いて10分ほどの甲子園球場に通いつめた。よく冷えたビールをクーラーボックスに詰めて、外野席に陣取り、かっと照りつける太陽の下でビールを飲みながら白球の行方を目で追った。
 決勝戦は思わぬ接戦にもつれ込み、先行する宇部商を優勝候補筆頭のPLが追う展開となった。僕は息を飲み、そしてふと我にかえっては乾いた喉をビールでうるおす、といった感じで、試合の行方を追った。が、地力で勝るPLは清原の2発のホームランで逆転し、粘る宇部商を突き放してゲームは終了。
 「ゲームセット」を告げる主審の右手が空に向かって伸びた。僕は、球場に流れる大会歌「栄冠は君に輝く」に身を任せながら、西に傾きかけた夏の太陽と澄みきった青い空をいつまでもぼんやりと眺め続けた。


 たまに高校野球の中継を目にすると、ただ酔っぱらいさまよい続けるだけで、自分自身が何を本当にやりたいのかさえよく分かってはいなかったあの頃の僕自身の姿を、ふと思い浮かべることがあるのだ、今でも。

 


 


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引越しのお話

 昨日のふるさと話の続きです。

 数えてみたら、僕はこれまで8回の引っ越しを経験している。山口時代に1回。高校卒業と同時に父親の転勤で広島へ。翌年、進学のため上京し、目白の高台にある寮に入った(今でも、この寮の近況を知らせる新聞が僕のところにもせっせと届けられています。本当に律儀な寮なんですね、ある意味)。ここで過ごした4年間は、健全な学園生活を送っている中国人学生であるみなさんの模範となるものでは決してない(?)ですから、ここでは詳しい説明を省きます。一言でいえば「精神的綱渡り」の時代でした。学部卒業と同時に、都電荒川線で30分ほどのアパートに引っ越し、修士課程修了後、さらに北上して埼玉県境の4畳半一間へ引っ越すことになりました。引っ越すたびに部屋はどんどん小さく、安くなっていったわけです(笑)。

 その間にも、父親はすっかり転勤づいて、「1年おきに」といっていいくらいに引っ越しを繰り返していました。広島・山口を何度か行き来したあと、兵庫、大阪、奈良、和歌山、ついには瀬戸内海を泳いで渡って(これはウソ)四国は徳島にまで引っ越し人生を重ねていきました。

 おかげで、夏、お盆の季節に帰省しようとするたび、僕は実家がどこにあるかを知らず、帰る前の日に母親に電話を掛け、「うちどこ?」と聞かなければならないほどでした。たまたま僕の隣で会話を聴くともなく聞いていた人は、びっくりしたような顔で、まじまじと僕を見つめたものでした。

 実家の場所が次々と変わるのは、半ば奇妙な感覚であり、半ばは楽しくって仕方ありませんでした。帰省というよりは別荘への避暑旅行に近い感覚、といえばそれに近いでしょうか。

 まあ、とにかくそんなふうにして、僕の20代は通り過ぎていった。

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見る前に跳べ

 唐突だけど、今日からジョギングを始めることにしました。以前から運動不足を指摘されていたし、運動会でも体力不足を露呈してしまい、近いうちに何か始めなきゃ、とは思っていたんだけど…。
 思ってはみたものの、何かのきっかけなしに、こういうことを始めるには、普通それなりの決心がいりますね。でも、そういう決心みたいなものが、何となく「これ見よがし」って感じがして、実は、僕の一番の苦手とするところなんです。なぜかというと、決心すること自体で肩に力が入ってしまい妙にテレくさいし、かえって気負いみたいなものが生れると、三日坊主で終わってしまうのがオチだからです。本当にどうにも面倒くさい性格だなぁと、我ながら呆れてしまいます。

 今日は、午後、Xさんが僕のところに遊びにに来てくれました。先週から何回か「借りていた本をお返しにおじゃましていいですか」と言われていたのが、そのつど別用が入ってしまって、今日まで延び延びになっていたのでした。
 コタツで紅茶を飲みながら、Xさんとよもやま話をしているうちに、唐突に(もう最初にそう言ったけど)僕は「今日から走ろう」と決めてしまっていたのでした。何がきっかけだったのか、僕にもよくわからないんだけれど…。そういえばこのブログだって、もともとは、今年の元宵節の夜、空港から学校に戻る途上、街中の爆竹や花火の音を聞きながら、「よし、今日から書き始めよう」と不意に決めてしまったのでした。どうやら、僕が何かを始めるのは、たいていの場合、何の脈絡もない、その場の思いつきがきっかけになることが多いようです。

 大江健三郎じゃないけど、人生にはこんなふうに、見る前に跳ばなければならないことだってあるんだよね、きっと。
 

 かくして、突如始まった僕のランナー生活。いつまで続くかは自分でもわかりません(などと最初から言っていれば世話がないですけど…)。いつまで続くか、誰か賭けをしてみませんか?



 ※掟破りの1日2記事。関係者の皆さん、ごめんなさい。語注・中国語訳よろしくお願いします。

ふるさと考

 司馬遼太郎の小説の中に、生まれてこの方一度も自分の村から外に出たことのない中年女性の話が出ていて、へーっと驚いたことがある。しかもその話は、司馬氏が直接その女性から聞き取ったもので(その小説の成り立ちから考えると、おそらく昭和30~40年代のことだと思う)、なにも何百年も前の封建時代の事柄ではない。そうした、どこかしら時間から置き忘れられてきたような女性の話が何となく似つかわしく思えるような、本州の西の果ての町・山口が僕の故郷である。ここで僕は高校卒業までの18年間を過ごした。

 その後、父親の転勤と僕の大学進学が重なり、広島、東京と移り住んでいくことになるけれど、僕の心の中の原風景は、山口のたおやかな野山とつねに二重写しになっている。

 そのことを最近あらためて感じるようになった。ちょうど今年の夏休みのことだ。久しぶりにひとりで故郷に帰ったとき、僕はサンダルをつっかけて、近くの川辺を散歩した。夕暮れ近い時分だった。僕は、デジカメの液晶(ファインダーといえればもっと格好いいんだけど…)に映る風景をパシャパシャと気の向くままに切り取って歩いた。

 あとになって、撮りためた写真を編集していると、それらの故郷の写真にだけは、他の写真にはない深い深い何かが刻み込まれているのが、僕にははっきりと感じとれたのである。僕の体の細胞は、実は故郷の空や風や水で満たされていたのだ――とまあ、大げさに言えばそんな感じ。もちろん、それは、たんに僕の一時的な郷愁にすぎなかったのかもしれないけれど…。

 そういう心の原風景というのは、きっと誰もが持っているのだと思う。

 きっとあなたにもありますよね、そんな、あなただけの心のふるさと。


ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの

よしやうらぶれて 異土の乞食(かたひ)となるとても

帰るところにあるまじや

(室生犀星「小景異情」より)

 


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新・海辺の街のお話(第5回)

 「瀬川なら、元気だよ。たぶんね。彼はこの春から1年間の予定でカナダに留学してるから、僕も会ってはいないけどね。」

 そうなんですか、と呟くように―あるいは自分自身に向って何かを再確認するかのように―、シンシンは小さく答え、しばらくの間、フロントガラスの向こう側の一点を見つめていた。そして、重い沈黙が車の中に充満するその直前を見計らったかのように、シンシンはなおも固い笑顔を僕に向け、

 「耀子さんもご一緒なんでしょうね?」

と聞いた。けれどそこには、いかにもさりげなさを装った、という感じがありありと透けて見えた。

 シンシンの口から耀子の名前を聞いて、今度は僕の方がドキリとする番だった。僕は心の泡立ちを抑えるように、深く息を吸って答えた。

 「いや…、彼女とは、もう別れたみたいだよ。去年、シンシンが帰国したあとで…。知らなかった?」

 「…ええ」とうなずき、さらにシンシンは何かを言いかけた。しかし、彼女がすぐに思い直してその言葉を飲み込もうとしているのが、僕にもはっきりと分かった。それでもシンシンが再び顔を上げたときには、彼女のいつもの屈託のない明るい笑顔に戻っていた。その顔を僕に向けて、

 「なんとなく懐かしいですね、たった2年前のことなのに」とシンシンは言った。

 2年前か、と僕は思った。確かに、この手にとってその襞の隅々まで愛撫するにはあまりに遠い過去になってしまった時間。けれども、甘い感傷に満ちた遠い目で振り返るには、まだその生々しい記憶が僕の心の底で鼓動し続けている…何ともやりきれない中途半端な時間、それが僕にとってのこの2年間だった。

***

 僕たちを乗せた車は広大なキャンパスに沿った通りを走り、やがて正門にたどりつくと、ゆっくりと守衛の脇を通り抜け、アスファルトで舗装された真新しいゆるやかな勾配の道を登って行った。正門をくぐって3分ほどで、外事処のある国際交流学院棟に到着した。

 運転手の手を借りて、スーツケースを下ろし、シンシンが外事処の事務室に僕を案内しようとしたところで、建物の中から、恰幅のよい、いかにも大人(ダーレン)といった容貌の中国人が、右手を差し出しながら近づいてきた。

 「国際交流学院長の劉老師です」シンシンの通訳にゆったりとした笑顔で応えながら、「先生のご到着をお待ちしてましたよ。ようこそ本学へ」と中国語で僕に語りかけた。彼は、僕がたどたどしい中国語で自己紹介するのを鷹揚な笑顔で、ときおり(ちゃんと聞きとれた、とでも言いたげに)大きくうなずいては、この上ない親愛の情を示すかのように僕の肩を何度か叩いてみせた。そして、今日は旅の疲れもあるだろうから、早目に宿舎に案内し、他の教職員との顔合わせは明日にしよう、とシンシンに伝え、最後にもう一度ゆったりとした笑顔を僕に向けた。

 「謝謝。では、明日あらためてご挨拶を」

 僕は、劉処長に別れを告げ、僕にあてがわれている宿舎に向かうことにした。シンシンは、事務室で僕の宿舎のカギを受け取り、それ以外のおそらくは煩瑣な事務的処理をてきぱきと手際よくすませると、やはりスーツケースをどうしても僕に持たせようとはせず、3階の教員用宿舎まで僕を案内してくれた。

 そして、今夜の分のお湯の入ったポットやら、石鹸、タオルなどの洗面用具一式がバスルームに置かれているのを確認すると、

 「先輩、じゃ、明日また9時に来ますね」

というと、シンシンは僕に礼を言う間も与えずに、バイバイと手を振って帰っていった。

 

再び、反省するサル。二足歩行の週末…。

 「一石亭日乗(科研プロジェクト版)」を開いてから、初めて、日記を書き落としてしまった昨日。
 ここのところ、生活のペース配分というか、心身の歯車というか、何かが微妙にズレてしまっていたのかもしれません。
 実は、昨日、突然昼の食事にお誘いを受け、白酒(もちろん雛祭り用の「しろざけ」ではありません)をいただいたこともあって、夜には何をする余力も残っていなかったのです。2日連続のお酒は、やっぱり体に堪えます。
 今日は、午前中、プリンターを買いに行き、午後からは配音比賽(アフレコ・コンテスト)1次予選の審査の予定。D老師指導による日本語科勢の頑張りに期待しています。

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 人間は、反省するサル。

 でも最近の僕は反省するばかりで一向に進化していないような気もする。いやいや、今日こそは気をしゃんと取り直して二足歩行しよう。

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俺たちの祭(Z君バージョン)

 ―00:20。午前様の帰宅は、久しぶりです。

 今日(正確には、もう昨日のことになってしまったけれど)は夕方6時半から「外国語学院〝金思杯〟外国語寸劇コンテスト」が行われ、僕も審査員として招かれました。フランス語学科1組、ロシア語学科1組、英語学科3組、それに日本語学科からも1組が参加して、いずれもなかなかに見ごたえのある寸劇でした。
 僕のフランス語は辞書を片手にうんうん唸りながら何とか本が読める程度だし、ロシア語に至っては「ズドラーストビチェ(すみません)」、「ウラー(やったー)」ぐらいしか聞き取れないから、すべての作品をどれだけ客観的に審査できたか、と聞かれると、まったく自信はありません。ただ言葉は通じなくても、舞台の演技は、それなりにきちんと鑑賞できたのではないか、と思っています。
 かなり昔の話になりますが、20代から30代の頃にかけて、僕は友人に誘われて、彼が出演する舞台劇を観に、よく出かけたものでした。そして、舞台がひけた後はきまって、僕は彼と酒を酌み交わしながらその日の劇について議論を交わす。彼にしてみれば、演劇の素人である僕の意見など噴飯ものだったに違いありませんが、それでも夜が更けるまで僕の支離滅裂な感想に友人は我慢強くつき合ってくれました。
 そういう意味では、劇の見方に関するかぎり、僕は今日会場に居合わせた観客の中で最も鍛えられている人間のひとりである、というささやかな(文字通りささやかな)自負の念をもっています。
 日本語学部の劇は、結果として2位でしたが、僕としては十分に納得できる内容でした。終わりの部分をもう少し劇的にまとめておけば、もっとよい成績がとれたと思いますが、それを抜きにしても、しっかり練習が行き届いたよい作品に仕上がっていたと思います(出演者の皆さんに惜しみない拍手!)。

 終劇後、出演者であるL・Z・Z君が打ち上げの宴席(Z君の誕生日の祝いも兼ねて)と聞き、それに合流。ビール瓶一気飲みの応酬で場が盛り上がり、とうとうこの時間の帰宅と相成りました。
 酒を飲みつつ、どんな話で盛り上がったかは…男同士の秘密、ということで(笑)。ただ彼らの名誉のため付け足しておくなら、卑猥な話は皆無。ひたすらに「青春一直線」のお話でありました。 まさに「
俺たちの祭」の世界です。



 おかげで、昨日の朝まで蓄積疲労による(?)眩暈まで起きていた自分がウソのように、スカッと気分快晴になれた夜でした。
 
 さあて、これでなんとかブログも書き継いだことだし、やっと安心してベッドにもぐりこむことができそう。

 
 ではでは、みなさん、おやすみなさい。いい夢を!




 


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ただいま出力低下中につき。

 頭の中にぼんやりと霞がかかった感じで、うまく考えをまとめられない時がある。たとえば今日が、そう。原因のひとつは明明白白で、ただの睡眠不足である。こんな日は、もう何にも考えず、ぼんやりと空でも眺めているか、いっそ掃除や洗濯、アイロンがけといった単純な肉体労働に没頭していたほうがいいのかもしれない。さもなければ昼寝をして不足している睡眠時間を補うか。いずれにしても目下「下手な考え休むに似たり」の状態であることに変わりはない。

 それでも、こうしてパソコンに向かってしまうのは、どういうわけだろう。やはり「ブログ依存症」のなせるワザなのか…(そのとおり、という客観的かつ冷静な声が飛んできそうなので、あえて語尾はごにょごにょと濁らせておくことにする)。確かに、それは否定できないことではあるけれでも、いちばんの原因は、ここのところ僕の頭を占めているいくつかの問題にある。それが深夜まで僕を眠らせず、こうして今もパソコンに僕を向かわせている。
 それが僕自身の問題であるならば、ことは簡単だ。

  「ま、いいか。明日は明日の風まかせ」( Tomorrow is another day! )

と、僕の中枢神経手前に取り付けてある<思考停止スイッチ>をonにすれば済む。そうすればものの3カウントで僕は夢の国にもぐりこめる(もし僕に特技があるとしたら、とびっきり寝つきがよいということぐらいだけど、まさかそんなことは就活用の履歴書などには書けない…だろうな、やっぱり)。

 でも、ここ最近僕の頭の中にあるのは、何人かの学生の将来にかかわる問題であったり(実際、近ごろの僕はそういう学生の「聞き役」に徹してしまっている)、簡単には放り出すこともできず、しかも遠からず何らかの決断をしなければならない問題であったりして、僕の思考回路をオーバーヒートさせているのだ。

 もっとも、こんなことで長話をしても埒はあかない。そもそもここで、僕はいったい何が言いたいのか、実は、それさえも霞がかかってよくわからないのだから―我がことながら―手に負えない。たぶん、おちゃらけ人間の僕にだって、たまにはこんなクノウの日があるのだという、ただそれだけのお話、でしかない。

 ちゃんと読んでくださった方には、もしかすると何の「教訓」もない今日の日記かもしれず、本当にごめんなさい。

 ということで、明日の午後、もしよい天気だったら、キャンパス内の芝生にごろりと横になって、全身をお日さまの色に染めながらお昼寝することにしよう、とぼんやり考えている今の僕なのである。

 みなさんだったら、こんな日は、どんなふうに過ごすのでしょうか?
 


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僕が君の目を見つめられない理由

 みなさんの場合はどうなのかよくわからないけれど、少なくとも僕は、相手の目を見て話すことがどうしてもできないタイプの人間らしい。ずっと昔からそうだった。

 今でも、僕は、誰かと―そしてそれが誰であれ―差し向かいで話をするとなると、まず相手の目(最大限譲歩して顔)を見ながら話すということがうまくできない。いや、より正確にいえば、全くできないのである。ほんの一瞬でも目が合ってしまうと、どぎまぎして、ついつい目をあらぬ方向にそらしてしまう。

 その一方で、たとえば「リーダーの条件」などという類の本を読めば(僕は以前暇つぶしにそんな本まで読み漁ったことがある)、決まって「部下を説得するときには、相手の目をじっと見て話せ」みたいなことが書いてあるし、人はときに「身にやましいことがないなら、ちゃんと私の目が見られるでしょう?」と問い詰められることがある。そんな話を聞くたびに、僕は本当に身の置きどころのないような、情けない気持ちになる。

 

 どうして僕は相手の目をじっと見続けることができないのだろう

 

 僕は、こんなふうにも考えてみる…

 「目は心を映す鏡」ともいう。いくら隠そうとしても、その目には真意が宿ることがあるから、この言葉は一つの真理を突いているわけである。だからといって、僕は自分の心を覗かれることを怖いと思っているわけではない。むしろ、見られるのは勝手だ、とさえ思う(もし、本当に相手が僕の目を通して僕と人間を見透かすことができるのであれば、の話だが)。僕が心底怖いと思うのは、相手の心を僕がうっかり盗み見てしまうことにある。いったん、それを見てしまったが最後、僕は見てしまったモノのすべてに対して責任を負わなければならない、と言った感じの怖さ、である。そういう怖さが、知らず知らずのうちに、話相手から僕の目をそらさせてしまうのではなかろうか。

 ひょっとして、僕の目の前に立つすべての人の目にはメドゥーサの魔力が宿っているのかもしれない、と。

 だから、僕があなたとおしゃべりをしているときに、僕が目を宙にさまよわせたり、遠くをぼんやり眺めていたり、あるいは完全にうつむいてしまっていたりしても、「ああ、そうなのか」―あるいは僕が「石になってしまわないだけ、まだましね」―と笑って許してもらえるなら、うれしいのだけど…。

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課題作文(第1回)

課題:日本語の学習を始める前と現在とでは、あなたの日本に対する印象、またはあなた自身にどのような変化がありましたか。400字以上で自由に書いてください。

 

これは僕の担当する本科3年生「日语写作1」2008年11月11日付の宿題です。

作文は、ここのコメント欄に載せておいてください。

他学年、他大学の方でも、書いてくだされば添削をいたしますので、ご遠慮なくご投稿ください。

締切は2008年11月20日正午とします。

 本学のみなさん

 山東大学外国語学院日語系のみなさん

 中南民族大学外国語学院日語系のみなさん

 青島大学外国語学院日語系のみなさん

 その他 たまたまお立ち寄りくださったみなさん

    どうぞ、よろしく。

単身情歌2008

 今日は11月11日。暦の上では、何の変哲もない1日である。
 ところが中国には面白いことを考える人がいるもので、「1」が連続することから、ずっと独り身の(つまりはカレシやカノジョのいない)人の記念日として今日が存在しているのだ、という。その名も「単身節」。もちろんこれがただの洒落だとは重々承知してはいるけれど、あえて僕はこんなふうに思い描いてみる。「単身」人たちは、実際のところ、どうのようにして今日という1日を過ごすのだろうか、と。
 たとえば、ひとりで部屋に閉じこもって自分を慰めるのは「節日」の趣旨に反するだろうから、きっと「単身」人同士が連れだって食事をしたりするんだろうな、とか(僕ってよほどの「ヒマ人間」なのかもしれない、と思うのは、まさにこんなときだ)。これがもし女の子同士である場合、残念ながら僕にはデータ不足のため、その雰囲気をうまく想像することはできない。けれど、これが男の子同士のケースだとすると…。うーむ、要するにモテナイ男の子たちが寄り集まって、飯を食ったり、ビールを飲んだり…というわけだから、どうにもこれはサマにならないような気がする。いや、有り体に言って、全然イケナイ状況である。
 僕も学生時代には、仲間とよく酒を飲みに出かけた。夕方日の沈む前から飲みはじめ、東の空が白々としてくる時分まで飲み明かしたこともまれではない。男同士だと気兼ねもいらず、バカみたいな夢も理想論も酔いに任せて、いくらでも交わし合うことができた。でも、もし日本にも「単身節」があったとしたら、11月11日には、ちょっとそんなふうに飲みに出かける勇気は出ないかもしれない。まるっきりモテナイ野郎どもの憂さ晴らしにか、周りの目には映らないような気がするからだ。
 僕としては、学生時代に「単身節」がなくて本当によかったと、ほとんどほっと胸をなでおろすような気分で、そう思ってしまうのだ。


 …ところで、僕はこれから3年生のZ君と一緒に晩飯を食いに出かける。あーあ、僕たち「単身」男ふたりのテーブルは、周りにはどんなふうに映っているのだろうね…。

 ――みなさんは、どんなふうに今日一日を過ごしてますか?

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書くこと―何かがそこにはじまり、そこに終わる

 僕はかつて文章を書くのがとても「苦手」だった。
 以前は、頭の中にあるイメージを文章にしようとしたとたん、似ても似つかぬものになったり、書きたいと思う「真実」から、どんどんかけ離れてしまったり…。そのたびに僕はペンを放り出したい気持ちになったし、実際それらの多くは机の引出しの奥深くに放り込まれたまま日の目を見ることなく朽ち果てていった。たとえば何か素晴らしいアイデアを思いついてペンを握っても、たいていはほんの1、2行書き進んだところで、僕は先ほどまでのきらめくようなアイデアのいちばん肝心な部分を指の隙間から取り逃がしてしまっていることに気づく。それは、まるで意地悪な魔法使いに、手に触れた宝石がすべて土くれに変わっていく呪いをかけられているようなものだった。そして「僕は最後まで何かを仕上げることができないタイプの人間なのだ」と、かなりやりきれない思いにとらわれたものだ。そういう苛立ちに似た気持ちは、今も僕の胸の底に淀んでいる。いまだに、文章を書くのは実にしんどい作業だと思う。
 それでも、今の僕には、何かを書きたい、何かを伝えたい、という思いの方が、少しだけ強くなったのかもしれない。いつから、何をきっかけに、そんなふうに僕の心境に変化が生じたのかは、自分でもよくわからない。ひょっとするとこれまでに味わってきたもろもろの喜怒哀楽の記憶が心に降り積もって自然とあふれ出してくるようになったのかもしれないし、時間というものが書くことに臆病な僕の背中を押してくれているのかもしれない(要するに、歳を重ねるにつれて図々しくなっただけのことかもしれない、ということ)…。
 とにかく書くことから始めよう、すべてはそこに始まり、そこに終わる――そう考えながら、今日も僕はパソコンの画面に向かっている。

 みなさんも―どんなささやかなことでもいい、と僕は思う―まずは書いてみることだ。すべては、そこから始まる…。

付け足しのつぶやき:

この文章は「新・海辺の街のお話」(第4回)に寄せられた悠子さんのコメントに対する返事に加筆・修正したものです。つまり、このような文章の「育て方」もある、ということ…。

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アフタヌーン・ティを君と

 週末報告です。

1 猫の目クルクル(1)の一週間
 雨の運動会で毎日の予定が目まぐるしく(2)変わって、どうにも(3)腰の落ち着かない(21)一週間となりました。
やはり当日の朝まで、予定が定まらない(4)、というのは精神衛生上あまりいいものではないですね。僕は(というか、たいていの人はきっとそうだと思うけど)、次の日の予定をイメージしてから寝るので、不確定要素を残しつつ布団にもぐりこむのは、どうも…イマイチ(5)

2 朗読会の件
 本来なら、今週金曜日夜から第3期朗読会を始める予定だったけど、連絡不徹底(6)で、こちらも敢え無く(7)「順延」。来週の金曜日は外国語学院の課外活動が入っているし、その翌週ともなれば(25)、日本語能力試験が直前(8)とあって、集客(ここでは特に3年生)に期待は持てない。さて、どうしたものか(26)

3 足の調子
 いずれにせよ(22)、今週は運動会を中心にバタバタ(9)し続けて、今日になってようやく落ち着きを取り戻した感じ…。足の筋肉痛は、昨日のマッサージが効い(10)たのか、そんなにひどい症状にはならずに済んで(27)いる。もっとも年をとるにつれて(28)、発症までの時間が長くかかるようになるらしいから、明日あたりヒーヒー(11)言っているかもしれない…。

4 定例・お鍋の会
 今晩は、3年生4人、湖南大学の2年生1人、日本人留学生1人のあわせて6人が集まってきて、コタツ部屋でお鍋の会を開く。和気(12)あいあい(13)と楽しい雰囲気は、まさに(14)「コタツ効果」。
 コタツ部屋はみなさんに開放していますから、いつでも遊びに来てくださいね。ただし、早い者勝ち(23)の先着順ですからねー(笑)。

5 アフタヌーン・ティを君と…
 それでもあれこれ予定がバタバタ入って、スケジュールに組み込め(15)なかったものもいくつかありました。今日は、Xさんからお茶のお誘いを受けたのに、ちょうど夕方の買い物に出かけるところで、タイミングが合わず(24)、せっかくの機会を逃して(16)しまいました>< Xさん、これに懲りず(17)に誘ってね。今度こそ、アフタヌーン・ティを君と…。
 あ、それから毒舌先生、ご帰国お疲れさまでした。いろいろとご助力いただきながら、なかなかお話しする時間がとれず申し訳ありません>< この償い(18)は、いずれ青島にて(29)

来週は平穏な(19)1週間になりますように…久しぶりに雲間(20)に浮かんだお月さまに祈る僕でした。 

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新・海辺の街のお話(第4回)

 建て直しが決まっているという古ぼけた(1)空港ビルを出ると、

「先輩、こっち」と言って、シンシンは僕の30kg近くはあろうかという大きなスーツケース(2)をもぎ取り(3)、道路を渡ろうとした。

「いいよ、そんな重い荷物。僕が自分で持つから」

「そういうわけにはいきませんよ。」シンシンは決然とした口調で言った。「いくら先輩だって、今日からはうちの『老師』なんですからね、一応は。」

 そう言ったあとで、シンシンはいたずら(4)っぽく笑うと、その小さな体のどこにそんな力が潜んでいるのかと思えるほど、軽々と僕の荷物を引っ張っていった。いい大人の男が女の子に荷物を運ばせるなんて全然さまにならない(5)んだけどな、とぶつぶつ(6)言いながら、それでも僕は彼女にしたがうしかなかった。

 入乡随俗(ルーシャンスイスー)―郷に入れば郷に従え―。

 駐車場にはいかにも高級車といった感じのトヨタの黒塗りセダン(7)が僕らを待っていた。大学の公用車らしく、外事処が気を使ってわざわざ僕のために回してくれたのだ、とシンシンは言った。残念なことに、僕には、車種は分からない。たとえ教えてもらっても、僕はクルマについて何の知識も持ちあわせていない(8)ので、たぶん高級フランス料理店のタルタルステーキ(9)を目の前に置かれて戸惑って(10)いる草食動物のような顔をして「ふーん」と間の抜けた返事をするしかなかっただろう。僕がクルマにどれほど興味を持っていないかは、運転免許すら持っていない、という事実を挙げれば、少しわかってもらえるだろうか。日本の成人男性で車の免許がないということは、心身経歴のどこかに決定的かつ反社会的な欠格(11)事由がある、と宣言しているようなものかもしれない。それほどに運転免許保有率の高い国なのだ。だから役場などで身分証明書の提示を求められ、「運転免許証でもいいですよ」と言われた時なんて、「ない」と答えるのには、腹を空かせた熊の前に飛び出すほどの勇気がいる。もちろん、僕にはそのような欠格事由があるわけではないけれど、「お持ちではないんですか?」とあからさま(12)に怪訝(13)そうな、あるいは胡散臭そうな(14)表情をしてこちらを見上げる職員には、いつものこととはいえうんざり(15)させられたものだった…。

 運転手は、シンシンからスーツケースを受け取ると、少しその重さにたじろぎ(16)ながらも両腕で持ち上げ、トランク(17)に詰め込んだ。

 「さ、行きましょう」シンシンは後部座席に僕を押し込むと、自分は助手席に座り、運転手に「お願いします」と言った。セダンは、工事中であちこち掘り返された道を巧みに縫いながら土ぼこり(18)を上げて疾走(19)しはじめた。

 大学までの40分間の道のりを、僕とシンシンは、彼女の留学時代の話をバックミラー(20)越しに思いつくままに語り合った。たまに一緒に食べに行ったラーメン屋だとかイタリア料理店(僕もシンシンも麺類には本当に目がなかった)が今どうなってるとか、共通の友人がどうしているとか、あるいはお互いの近況についてとか…エトセトラ・エトセトラ(21)

 ふと何かを思いついたかのように、シンシンは体をねじるようにして僕を振り返り、

「瀬川さんは、お元気ですか?」と、声の底にある種の緊張感をこめて聞いた。

 瀬川というのは僕の同期で、当時は僕よりはるかにシンシンと親しかった。瀬川には当時、付き合っている女の子がいたが、そのことで彼ら二人とシンシンとの間でちょっとしたごたごたがあった。そして、そのことがきっかけで、僕自身がその関係に巻きこまれることになり、彼女の帰国後は事態はいっそう複雑なものになってしまった。もっともそのことはシンシンには何の責任もなかったし、帰国後のシンシンには知る由もなかったけれど…。



この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは何らの関係もありません。

 
【これまでのお話】

 第3回 2008年10月27日

 第2回 2008年10月18日

 第1回 2008年10月13日

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長恨歌―哀愁が肩の上でダンスを踊る

今日は二十四節気でいう「立冬」で、暦の上では冬の到来である。
朝から冷たい雨が降りしきり、鈍色(にびいろ)の雲が立ち込めて、さすがに肌寒い。
今日は運動会最終日。こりゃ中止かなと思ったら、「予定通り行う」との校内放送。
運動着に着替えて、8時に運動場へ。
火曜日に痛めた太ももの筋肉は回復半ば、である(歳を重ねるにつれ、回復に時間がかかるようになったなぁ、とこれは実感せざるを得ませんね)。
今日は60m走でクラウチングスタートを切らなければならないから、特にそのスタート時に脚にかかる負担は決して小さくない。不安を抱えながら雨の中、柔軟体操。脚の負担を軽くするために、スタートダッシュの練習は一切しない。一発勝負。第3組6コース。エントリーはW老師の名前になっているけれども、走るのは僕。白線の内側に手を添え身をかがめる。このとき太ももに重い痛みが走る。いやーな感じである。「ま、なんとかなるか」と自分に言い聞かせながらも、内心、劉翔さんの気持ちが痛いほどわかるのだ(だって本当に痛いんだってば…泣)。
足の調子に気をとられていたのと、練習不足のせいか、号砲に体が即座に対応しない。両脇の選手の上体が一斉にばっと立ち上がるのが見える。コンマ数秒の遅れで僕も足に力を込めてスタートを切ろうとしたが、焦って棒立ちのようなスタートになってしまう。出遅れを取り戻そうと腿をぐっと引き上げて、推進力を得ようとすると、今度はももの付け根の筋肉が軽く攣(つ)ったような感覚に、重心が高くなり、スピードが一向に上がらない。しかも、そこから走りを修正するには60mは短すぎた。一瞬の敗北…。
 氷雨が体を濡らし、とぼとぼと(ゴールの際に肉離れを起こしたのか、歩幅を大きくすることも腿を上げることもできなくなってしまって…悲)運動場を去る僕の肩の上で、哀愁がひたひたとダンスを踊っていた。

ああ、長恨歌が遠くから聴こえてきそうな雨の午後。

布団にくるまって1日臥薪嘗胆を誓いながら不貞寝をする僕なのである。

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マイペースで生きていくこと

 マイペース(1)で生きていくことは本当に難しい、と僕は折にふれて(32)思う。

 世の中には有形(2)無形(3)のルールや決まり事があって、僕たちはふだんその枠の中で暮らしている。僕だって、そういう暮らしを特別いやだと思っているわけではないし、守るべき約束事はちゃんと守って生きていきたい、と一応(4)は真面目に思いつつ(5)暮らしている。

 ところで、そういうルールの中には、法律もあれば、道徳・倫理などと呼ばれるものもある(41) 。これに逆らって(6)生きようとすれば、僕たちはそれなりの制裁(Sanction)―刑罰だとか非難だとかいろいろなもの―を覚悟しなければならない。また、それほど強い拘束力はないにしても、世間には、さまざまな形のルールが網(7)の目のようにはりめぐらされて(8)いる。慣習、習俗、習慣や世間の目、果ては(9)「常識」といった類に至るまで、全部をきっちり(10)守って生きていくのは、なかなかに気疲れ(11)することではある。それでも多くの人は、ちゃんと(12)その枠組み(13)の中で、文明的に生きている(ように僕には思える)。僕も、できることなら文明人であり続けたい。だから、世の中のルールを守って生活することはやぶさか(14)ではない。 

 でも、そういったものはいったいどこまで気にし(34)なければいけないのだろうか、と僕の中の「天の邪鬼」(15)が首をひねる(33)。とても卑近(16)な例で申し訳ないけど、僕が誰かと一緒に行動しているときには、よっぽど(17)気をつけない(35)と、僕はつい自分のペースで(ときには腕をぶんぶん(18)振って)早足(19)で歩いて相手を置き去り(20)(36)にしてしまいそうになるし、食事をしていても相手のペースに合わせて一緒に食べ終わる、というような芸当(21)がいつまでたっても身につかない(37)。そういえば、昔、友人たちがみんな就活(22)を始め、そして彼らが同じようなリクルートファッション(23)に身を包んだときも、僕にはそれがどうしてもできなかった…。おそらくがんばれば、僕にだって他の人に合わせて生きていくことだってできるに違いない。けれど、そうなればそうなったで、今度は僕の頭の中では「ルールを守る」ということそれ自体が最高命題となって、きっと今頃は手に負えない(38)(24)の小さな「原則主義者」になってしまっていたんじゃないかと思ってしまうのだ。 

 そういうわけで、僕は法に反しないかぎり(42)(一応、僕だって法学部出身だからね)、そして人に直接迷惑をかけないかぎり、マイペースで生きていこう、とある日、唐突に(25)決断した…。おかげで「変わってる奴(26)」と言われることもあるし、「まあ、あいつはああいうやつだからさ」とやんわりと(27)無視されることも多くはなったけれど。まさか、後ろ指をさされる(39)ほどではない(43)とは思うけれど、こればかりは人に聞いてみないと本当のところはわからない。

 

 本当に、マイペースで生きていくことは難しい。でも、これ以外の生き方は僕にはとてもできそうもない。

 なぜか今日の午後は、温かいミルクティを飲みつつ、霜月(28)のしめやか(29)な雨音(30)に耳を傾けて(40)は、そんなことばかりぼんやり(31)と考えていたりして…。ま、いいか。

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僕がショートメールを削除できない理由

 僕は中国に来るまで携帯電話というものを持ったことがない。必要に迫られて、今では片時(1)も離さず持ち歩く(2)ようになっているけれど、こちらから電話をかけたり、ショートメールを送るなんてことはめったに(4)ない。いただいたショートメール(3)に日本語(ただしローマ字)と中国語の入り混じった(5)返事を書くのが関の山(6)だ。そういうわけなので、いただくメールも多い方ではない、と思う(誰かと比べてみたわけではないけれど…)。

 それでも、日に何通かは(たいていは学生からの質問や頼みごと(7)です)ショートメールが入る。ところが、たまに一日何のメールも入らず、あれっ?っと思って携帯画面を見ると、「受信箱ハ容量不足デス。不要ナめーるヲ削除シテクダサイ」と書いてある。

 どうやら(8)僕は、必要なものと不要なものをてきぱき(9)と選り分け(10)、「要らないモノ」をさっさと(11)(12)に消し去って(13)しまう、といった能力に欠けて(14)いるらしい。何がどうというわけで(36)もなく、ただ消すに忍びなかった(15)メールだとか、あるいははっきりと削除する勇気が持てなかったものだとか、つまりは僕の優柔不断(16)(17)のせい(34)で、いつの間にか(33)受信箱に積み上がって(18)しまったショートメールが、新しいメールをはじき出して(19)しまっているのである。

 考えてみれば、僕は万事何かを「捨てる」ことができない性格のようである。そのせいか、僕の部屋はいつもゴミ・ガラクタの類が所狭し(20)と居座り(21) 、自分の領域を主張している。見るに見かねた(22)(35)院生のW君あたりが―たとえば僕が帰国している隙(23)に―そうした「不要なモノ」きれいさっぱり(24)処分してくれていて、大いに(25)助かることがある。

 ショートメールもそうしてもらえばいいのかもしれないし、あるいは一定の時間が経過したものは情け容赦(26)なく自動的に削除されるようになっていればいいのかもしれない。でもショートメールにこめられた「気持ち」を考えると、僕は、それをうかつ(27)に削除してしまう気には、どうしてもなれないのである。部屋に散乱するガラクタ(28)の類も右に同じ…。

 

 かくして、僕の身の回り(29)には、消えそびれた(30)記憶たちが厚い層をなして降り積もり、僕をじっと(31)とり囲んで(32)いるのである。

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「16Daysのカウントダウン」(12/16)中国語訳が追加されました。2008-12-18 NEW

「お風呂を買ってルンルンしよう」(12/18)語注が追加されました。2008-12-18 NEW

「焼きうどん のち メランコリック」(12/17)中国語訳が追加されました。2008-12-17 NEW

「原点へ、原点から。」(12/15)語注が追加されました。2008-12-16 NEW

「夢が試される場所」(12/11)語注が追加されました。2008-12-11 

「夢の背中」(12/10)中国語訳が追加されました。2008-12-11 

プロフィール

一石亭華中

Author:一石亭華中
ようこそ、本ブログページへ。
一石亭は中国在住8年目を
迎えました。
でも中国語はまだ初歩の初歩。
趣味は「お仕事」と散歩、それに写真撮影。
あ、それからお昼寝も…趣味のうち、かも…。

YouTube今週のウタちか

凹んだとき、元気がでないとき、僕を支えてくれ、力づけてくれるウタを週替わりで紹介します。ちょっと古い歌が多いかも…ですが。今週も「ちょっと切ない歌」を。

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