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新・海辺の街のお話(7)


 新学期が始まるまでの一週間、僕は大学内だけでも、外事処、人事処、これから所属することになる外国語学院の執行部、同僚たちとの顔合わせやら歓迎やらにひっぱりまわされた。スケジュール帳は、もうこれ以上小さな文字では書き込めないほど、ぎっしりと埋めつくされていた。それに加えて外国人健康診断や居留証の申請に駆け回ったりもしなければならなかったし、さらにその合間を見つけて銀行口座を開設し、足りない生活用品を買い足したり、と文字どおり目の回るような忙しさ(朝ごはんを抜いてしまって、本当に一度はめまいを起こしたほどだった)の中で過ごした。
 その間も、時間が許すかぎりシンシンが通訳代りに付き添ってくれたが、彼女の都合がつかないときには、日本語学部の学生たちが代わる代わるやってきては、あれこれと僕の世話を焼いてくれた。僕は自分のことが何一つまともにできない三歳児のように、言われるがままなすがまま、何ごとに対しても、覚えたばかりの「好(ハオ)」を繰り返し、できるかぎりにこやかな笑顔を相手に向けているしかなかった。夜宿舎に戻って顔を洗ったあとも、僕の顔には、まるで仮面のようなぎこちない笑顔が張りついたままだった。

 そうしたあわただしい生活を送るうちに、僕は自然と自分のテリトリーが形づくられていくのを感じた。僕は本来社交的ではないし、冒険好きのハックルベリー・フィンに熱中できるタイプでもなかった。たとえば用心深い耳ウサギが身に危険を感じたときに自分のねぐらの穴にひとっ走りで駆け戻れるほどの範囲内でしか動き回らないように、僕も自分の日常生活に最低限必要な場所以外に出かけることはほとんどなかった。もし奇特な研究者がいて、僕の生態を調査していたら、僕の行動範囲がねぐらである宿舎を中心にピタリと測ったように半径500mの範囲におさまっていることにきっと驚嘆したにちがいない。その範囲内にいるかぎり、僕は心を泡立てることもストレスを感じることもなく過ごすことができた。
 そんな話を、あるときシンシンにもらしたら、「ね、先輩?よくそれでこの国に来る気になれましたよね。もしかして、もとのねぐらにお腹を空かせたオオカミでも入ってきちゃったんですか?」といって笑った。 
 「差不多(ま、そんなものかな)。」
 僕も軽く笑って答えてはみたけれど、実際のところ、「そんなもの」だったのだ、確かに。


 新学期を前々日に控えて僕の部屋にやってきたのは、3年の女子学生だった。たまたま学部の事務室の前を通りかかった彼女は、学部主任に呼びとめられ、「これを新任の先生のところに届けてきてくれ」と書類を手渡されてしまったのにちがいない。「档案袋」と大書された書類封筒を大事そうに胸元に抱きしめるように抱えていた彼女に、お茶でも入れるから、と部屋に誘った。彼女は一瞬ためらったような表情を目元にかすませたあとで透き通るような笑顔を僕に向けて「はい、じゃおじゃまします」と言った。

 封筒の中に入っていたのは、新学期の日程表だとか学生名簿だとか、そういった類のものだった。それをさっと確認して机の上に置くと、僕はキッチンでお湯を沸かしはじめた。ガスのコックをひねりながら、リビングにいる彼女に、聞き忘れていたことを、まるで大通りの向こう側にいる人に向かって呼びかけるような声で尋ねた。

 「ごめん、まだ名前を聞いてなかった」

 彼女もまた同じような調子で、

 「すみません、申し遅れました。私、劉珍珍と言います」

 小珍。僕は据え付けの食器棚から白磁のティーカップを2組とりだしながら、記憶細胞に刻みつけるようにその名前を何度かつぶやいてみた。どういうわけか、そうしないかぎり僕は一度できちんと人の名前を覚えることができなかった。たとえばこれがぼんやりと眺めていただけの意味のない8桁の数字の羅列であれば、かえってすらすらと記憶の底から呼び起こすことだってできるのに。まったく、僕の頭の記憶装置というのは、この上なく気まぐれなブラックボックスだった。


 

 このお話は―本当にくどくほど説明してるけど―フィクションであり、

実在の人物・団体とは何の関係もありません。たんなる習作ですからね(笑)


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新・海辺の街のお話(第6回)

 シンシンが帰ってしまったあと、僕は文字通り「一人取り残された」ような心細さにとらわれた。まるでだだっ広い南極の氷原で、両親を見失い、群れからもはぐれてしまった皇帝ペンギンの子供のような気分になった。

やれやれ、と僕は意味もなくため息をつく。そうして、あらためてはこれから当分の間自分の住処となる部屋を見渡した。入口のドアを背にして右がキッチン、左がバスルーム。バスルームには大きな鏡を備えた洗面台とトイレ、それにバスタブ、シャワーがついていた。中国にはたいていはシャワー設備だけで、バスタブを備えた施設は少ないと聞いていたので、それがたとえ今にも水漏を起こしそうなくらいくたびれきったバスタブであっても、うれしかった。人の幸せというのはたいていそういうものだ。

 入り口の正面は10畳ほどのリビングになっていた。窓際に木製の机と椅子。色も形も大きさもてんでばらばらな本棚がふたつ。机のわきには幅広のオーディオ用キャビネットが置かれ、その上には海信(ハイセンス)の旧式TV。机の向い側の壁ぎわには、がっしりとした木製の食卓が置かれていた。

 窓には、夏にしてはやや厚地のモスグリーンのカーテンがかかっていた。カーテンを開くと、キャンパスの向こうの漆黒の海に船灯りがゆっくり移動しながら一つ二つ点滅しているのが見えた。

 リビングの右側にはもうひとつのドアがあり、開けるとそこが寝室になっていた。寝室にはシングルベッドが2つ。それぞれの枕もとの壁には読書灯がしつらえてある。壁際には背の高い木製の衣装ダンスがひとつ。全体としての雰囲気は、日本の場末のビジネスホテルの部屋を、どういう手違いか設計師が普通の1.5倍の規格で線を引き、さらに疑うということを全く知らない世界一正直者の施工業者がその設計図の通りにつくってみたらこうなった、という感じだった。天井は高く3m以上もあり、思い切り飛び上ってみても指が天井に触れることなどとうてい不可能なほどの高さだった。これならアフリカに住むキリンの親子だってペットとして飼えそうだなと思った。
 ベッドに腰を下ろすと、急に疲労感がその腰のあたりからせり上がってきて、もう荷物を解く気にはなれなかった。僕はいつの間にかウトウトしはじめ、電話のベルにたたき起こされるまで、すっかり眠りこんでいたようだった。
 リビングの机の上に置かれた電話の受話器を取り上げると、さっき別れたばかりのシンシンの明るい声が飛び込んできた。
 「先輩、もうお休みになってました?帰る途中で美味しそうなスイカ見つけたので、お届けしようとそちらに戻ったんですけど…」
 「え?ごめん、気がつかなかった。どうやら転寝してたみたいだ」
 「だと思った。ふふ、ドアをノックしても返事がなかったので、ドアノブに袋ごと掛けておきましたからね。どうぞシャワーのあとででも召し上がってみてください。お疲れでしょうけど、そのままの格好でお休みにならないようにね」
 「うん…」

 やれやれ、すっかりシンシンのペースだ。僕は言われたとおりに、シャワーを浴び、シンシンが置いていってくれた甘い小玉スイカをたいらげ、歯を磨いて、それから少しばかり糊の効きすぎたゴワゴワわするシーツをめくり、ベッドにもぐりこんだ。
 僕はどうやらすぐに熟睡したらしい(自慢するわけではないが、いつでもどこでも3カウント数える前に眠ることができるのは僕の数少ない特技の一つだった)。こうして僕の中国での1日目は過ぎていった。

(つづく)

 

※前回までのお話は、右下のジャンル名「フィクション」をクリックすると読むことができます。

新・海辺の街のお話(第5回)

 「瀬川なら、元気だよ。たぶんね。彼はこの春から1年間の予定でカナダに留学してるから、僕も会ってはいないけどね。」

 そうなんですか、と呟くように―あるいは自分自身に向って何かを再確認するかのように―、シンシンは小さく答え、しばらくの間、フロントガラスの向こう側の一点を見つめていた。そして、重い沈黙が車の中に充満するその直前を見計らったかのように、シンシンはなおも固い笑顔を僕に向け、

 「耀子さんもご一緒なんでしょうね?」

と聞いた。けれどそこには、いかにもさりげなさを装った、という感じがありありと透けて見えた。

 シンシンの口から耀子の名前を聞いて、今度は僕の方がドキリとする番だった。僕は心の泡立ちを抑えるように、深く息を吸って答えた。

 「いや…、彼女とは、もう別れたみたいだよ。去年、シンシンが帰国したあとで…。知らなかった?」

 「…ええ」とうなずき、さらにシンシンは何かを言いかけた。しかし、彼女がすぐに思い直してその言葉を飲み込もうとしているのが、僕にもはっきりと分かった。それでもシンシンが再び顔を上げたときには、彼女のいつもの屈託のない明るい笑顔に戻っていた。その顔を僕に向けて、

 「なんとなく懐かしいですね、たった2年前のことなのに」とシンシンは言った。

 2年前か、と僕は思った。確かに、この手にとってその襞の隅々まで愛撫するにはあまりに遠い過去になってしまった時間。けれども、甘い感傷に満ちた遠い目で振り返るには、まだその生々しい記憶が僕の心の底で鼓動し続けている…何ともやりきれない中途半端な時間、それが僕にとってのこの2年間だった。

***

 僕たちを乗せた車は広大なキャンパスに沿った通りを走り、やがて正門にたどりつくと、ゆっくりと守衛の脇を通り抜け、アスファルトで舗装された真新しいゆるやかな勾配の道を登って行った。正門をくぐって3分ほどで、外事処のある国際交流学院棟に到着した。

 運転手の手を借りて、スーツケースを下ろし、シンシンが外事処の事務室に僕を案内しようとしたところで、建物の中から、恰幅のよい、いかにも大人(ダーレン)といった容貌の中国人が、右手を差し出しながら近づいてきた。

 「国際交流学院長の劉老師です」シンシンの通訳にゆったりとした笑顔で応えながら、「先生のご到着をお待ちしてましたよ。ようこそ本学へ」と中国語で僕に語りかけた。彼は、僕がたどたどしい中国語で自己紹介するのを鷹揚な笑顔で、ときおり(ちゃんと聞きとれた、とでも言いたげに)大きくうなずいては、この上ない親愛の情を示すかのように僕の肩を何度か叩いてみせた。そして、今日は旅の疲れもあるだろうから、早目に宿舎に案内し、他の教職員との顔合わせは明日にしよう、とシンシンに伝え、最後にもう一度ゆったりとした笑顔を僕に向けた。

 「謝謝。では、明日あらためてご挨拶を」

 僕は、劉処長に別れを告げ、僕にあてがわれている宿舎に向かうことにした。シンシンは、事務室で僕の宿舎のカギを受け取り、それ以外のおそらくは煩瑣な事務的処理をてきぱきと手際よくすませると、やはりスーツケースをどうしても僕に持たせようとはせず、3階の教員用宿舎まで僕を案内してくれた。

 そして、今夜の分のお湯の入ったポットやら、石鹸、タオルなどの洗面用具一式がバスルームに置かれているのを確認すると、

 「先輩、じゃ、明日また9時に来ますね」

というと、シンシンは僕に礼を言う間も与えずに、バイバイと手を振って帰っていった。

 

新・海辺の街のお話(第4回)

 建て直しが決まっているという古ぼけた(1)空港ビルを出ると、

「先輩、こっち」と言って、シンシンは僕の30kg近くはあろうかという大きなスーツケース(2)をもぎ取り(3)、道路を渡ろうとした。

「いいよ、そんな重い荷物。僕が自分で持つから」

「そういうわけにはいきませんよ。」シンシンは決然とした口調で言った。「いくら先輩だって、今日からはうちの『老師』なんですからね、一応は。」

 そう言ったあとで、シンシンはいたずら(4)っぽく笑うと、その小さな体のどこにそんな力が潜んでいるのかと思えるほど、軽々と僕の荷物を引っ張っていった。いい大人の男が女の子に荷物を運ばせるなんて全然さまにならない(5)んだけどな、とぶつぶつ(6)言いながら、それでも僕は彼女にしたがうしかなかった。

 入乡随俗(ルーシャンスイスー)―郷に入れば郷に従え―。

 駐車場にはいかにも高級車といった感じのトヨタの黒塗りセダン(7)が僕らを待っていた。大学の公用車らしく、外事処が気を使ってわざわざ僕のために回してくれたのだ、とシンシンは言った。残念なことに、僕には、車種は分からない。たとえ教えてもらっても、僕はクルマについて何の知識も持ちあわせていない(8)ので、たぶん高級フランス料理店のタルタルステーキ(9)を目の前に置かれて戸惑って(10)いる草食動物のような顔をして「ふーん」と間の抜けた返事をするしかなかっただろう。僕がクルマにどれほど興味を持っていないかは、運転免許すら持っていない、という事実を挙げれば、少しわかってもらえるだろうか。日本の成人男性で車の免許がないということは、心身経歴のどこかに決定的かつ反社会的な欠格(11)事由がある、と宣言しているようなものかもしれない。それほどに運転免許保有率の高い国なのだ。だから役場などで身分証明書の提示を求められ、「運転免許証でもいいですよ」と言われた時なんて、「ない」と答えるのには、腹を空かせた熊の前に飛び出すほどの勇気がいる。もちろん、僕にはそのような欠格事由があるわけではないけれど、「お持ちではないんですか?」とあからさま(12)に怪訝(13)そうな、あるいは胡散臭そうな(14)表情をしてこちらを見上げる職員には、いつものこととはいえうんざり(15)させられたものだった…。

 運転手は、シンシンからスーツケースを受け取ると、少しその重さにたじろぎ(16)ながらも両腕で持ち上げ、トランク(17)に詰め込んだ。

 「さ、行きましょう」シンシンは後部座席に僕を押し込むと、自分は助手席に座り、運転手に「お願いします」と言った。セダンは、工事中であちこち掘り返された道を巧みに縫いながら土ぼこり(18)を上げて疾走(19)しはじめた。

 大学までの40分間の道のりを、僕とシンシンは、彼女の留学時代の話をバックミラー(20)越しに思いつくままに語り合った。たまに一緒に食べに行ったラーメン屋だとかイタリア料理店(僕もシンシンも麺類には本当に目がなかった)が今どうなってるとか、共通の友人がどうしているとか、あるいはお互いの近況についてとか…エトセトラ・エトセトラ(21)

 ふと何かを思いついたかのように、シンシンは体をねじるようにして僕を振り返り、

「瀬川さんは、お元気ですか?」と、声の底にある種の緊張感をこめて聞いた。

 瀬川というのは僕の同期で、当時は僕よりはるかにシンシンと親しかった。瀬川には当時、付き合っている女の子がいたが、そのことで彼ら二人とシンシンとの間でちょっとしたごたごたがあった。そして、そのことがきっかけで、僕自身がその関係に巻きこまれることになり、彼女の帰国後は事態はいっそう複雑なものになってしまった。もっともそのことはシンシンには何の責任もなかったし、帰国後のシンシンには知る由もなかったけれど…。



この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは何らの関係もありません。

 
【これまでのお話】

 第3回 2008年10月27日

 第2回 2008年10月18日

 第1回 2008年10月13日

続きを読む ≫

新・海辺の街のお話(第3回)

本編は、日本語学習用のフィクションです。実在する個人・団体等とは何の関係もありません。念のため(笑)

 

 機体はさらに下降を続け、やがて眼下に地面が近づいた。まっすぐ一直線にのびた滑走路(1)の上にはすでに青白い誘導灯(2)がともり(3)、ランディング(4)態勢に入ろうとしている機体を待ち構えて(5)いた。

 ランディングの瞬間、滑走路と主脚のタイヤがこすれあう(6)音と、機体の軽いバウンド(7)感が、僕を少し緊張させた。どういうわけか、飛行機に乗るたびに僕は、(とくに着陸の瞬間には必ずといっていいくらい)座席の両脇のアーム(8)の先端を包み込む(9)ようにしてぎゅっと(10)握りしめてしまう癖があった。そして前に体がせり出す(11)ような減速感が途絶え(12)、到着を告げる機内アナウンスの声が聴こえるまで、その緊張感は収まらないのだった。

 ところが、まわりに座っていた多くの(偏見ではないと思うけれど、おそらくは中国人の)乗客は、機体が滑走路上を移動している間にも、もうこれ以上は待ちきれない(13)といった感じでシートベルト(14)をはずし、携帯の電源を入れ、そして中には早々と頭上の収納棚(15)から自分の機内持ち込み荷物を引き出そうと立ち上がる者までいた。まるで1秒でも早く、たとえ他人を押しのけて(16)でも機内から脱出することが、今の自分にとって最高の選択なのだと確信しているかのような勢いだった。もっとも、そんなふうに立ち上がった乗客には、女性乗務員の、「まだお立ちにならないでください!」という、いささか険のある声(17)が容赦なく(18)浴びせられた。機内のあちこちで携帯の着信音(19)が鳴り響き、僕には聞き取れない中国語が飛び交った。

 僕は窓から見えるいささか古ぼけた(20)空港の管制塔(21)を眺めながら、体の緊張が胸のあたりから手足の末端に向かってゆっくりとほぐれてゆくのを感じた。やがて機体が完全に停止し、今度こそ一斉に乗客が立ち上がり、我先に(22)と出口に詰めかける(23)のをしばらくぼんやりと眺めていた。そして、最後列の客が僕の横を通り過ぎた後、僕は、あたかも(24)世界でいちばん臆病なウミガメ(25)のように、のろのろと収納棚に手を伸ばし、小さな機内持ち込み用バッグ(26)を下ろした。

 入国手続きを終え、ベルトコンベア(27)で吐き出されてくるスーツケースを受け取ると、僕は出迎えが待ってくれているはずの到着出口に向かった。

 事前の連絡では、大学の外事処から差し向けられる(28)車と日本語学科の院生が僕を出迎えてくれる手筈(29)になっていた。僕の知っている院生といえば、派遣元の大学に、一昨年留学生としてきていた王星という優秀な学生しかいなかった。迎えに来てくれるとしたらおそらくは彼女だろう…という僕の予想は当たっていた。僕は彼女の人懐こい(30)笑顔を到着出口の人垣(31)の真ん中にすぐに見つけることができた。王星も僕を見つけると、右手を軽く振って駆け寄って(32)きた。一昨年彼女は学部の3年生、僕は博士課程の2年生で、なぜか僕たちは出会った瞬間から打ち解ける(33)ことができた。この歳になって人見知りの癖(34)が抜けない僕にとって、それは大げさでなく驚くべきことだった。王星はすぐに僕を「先輩」と呼ぶようになり、僕もまた愛称の「星星(シンシン)」で彼女の名を呼んだ。

「先輩、お待ちしてました。」

 彼女は、僕たちが初めて出会ったときから中国人離れした流暢な日本語を使いこなすことができた(35)。しかし、しばらく会わないうちに、彼女の日本語力は一段と洗練されたものになっていた。

「ありがとう、星星。でも、本当にずいぶん長く待たせてしまったね。」

 結局、到着時刻は4時間近く遅れた。その間、彼女はずっと空港内の待合ロビー(36)でひとり、僕を待ってくれていたに違いない。

「大丈夫ですよ。先輩こそ飛行機が遅れて、お疲れでしょう?」

 春の森の奥深くに住むもっとも心穏やかな小動物がときおり(37)見せるような潤いのある黒い瞳をまっすぐ僕に向けて星星は言った。

 僕たちはどちらからともなく手を差し出しあい、久しぶりの握手を交わした。彼女の小さく柔らかい手のぬくもり(38)が、僕の記憶の中に残っているものと少しも変わっていなかったことに、僕はささやかな安堵(39)を感じた。

(つづく)

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「お風呂を買ってルンルンしよう」(12/18)中国語訳が追加されました。2008-12-20 NEW

「夢が試される場所」(12/11)中国語訳が追加されました。2008-12-20 NEW

「16Daysのカウントダウン」(12/16)中国語訳が追加されました。2008-12-18 NEW

「お風呂を買ってルンルンしよう」(12/18)語注が追加されました。2008-12-18 NEW

「焼きうどん のち メランコリック」(12/17)中国語訳が追加されました。2008-12-17 NEW

「原点へ、原点から。」(12/15)語注が追加されました。2008-12-16 NEW

「夢が試される場所」(12/11)語注が追加されました。2008-12-11 

「夢の背中」(12/10)中国語訳が追加されました。2008-12-11 

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一石亭華中

Author:一石亭華中
ようこそ、本ブログページへ。
一石亭は中国在住8年目を
迎えました。
でも中国語はまだ初歩の初歩。
趣味は「お仕事」と散歩、それに写真撮影。
あ、それからお昼寝も…趣味のうち、かも…。

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凹んだとき、元気がでないとき、僕を支えてくれ、力づけてくれるウタを週替わりで紹介します。ちょっと古い歌が多いかも…ですが。今週も「ちょっと切ない歌」を。

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